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高畑山(伊和三山の一つ)



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平成15年5月9日(金)  メンバー 私だけ

高畑山 たかはたやま 562.0m

※平成15年10月1日追記※
高畑山は562.0m三角点ピークではなく、この山行中12時1分に通過した519mピークから東に下りたところにある岩が相当すると思われます。このホームぺージの読者による土地の年配者への聞き取り調査では519mピークが高畑山と呼ばれている。また、神戸新聞総合出版センター刊、須磨岡輯著「はりまハイキング」に記載の地図でも、519mピーク東側が高畑山となっています。



北の峠から登るぞ

2万5千分の1、地形図「山崎」「安積」を参照すること。

宍粟郡一宮町の伊和神社から、揖保川を挟み西に位置する高畑山に登ってきた。地形図には山名は記載されていないが、揖保川の西岸「閏賀」の集落から南西に登った峠の南にある562.0mの三角点が高畑山だ。

伊和三山とは、伊和神社の北方の「花咲山」、東方の「白倉山」、西方の「高畑山」をいい、61年に一度大祭が行われるという(「播磨 山の地名を歩く」より)。次の大祭はいつなのだろうか。

峠のどちら側から登り始めるかが問題だが、4日前に高尾川沿いの林道から黒尾山に登り、土地勘が少しできた山崎町側から登ることにした。しかしこの判断は間違いだった。



与位神社

姫路から国道29号線を北上し安富・山崎を通過する。

五十波を過ぎ、田井と杉ケ瀬の間に架かる井ケ瀬橋を渡らずに与位に向け左折する。

狭い道を行くと集落のほぼ中心に「与位神社」がある。境内にはスギなどの巨木が林立していて、一宮町の伊和神社を少し小さくしたような感じだ。但し、社殿は北を向いていない。

与位神社社殿
大きな神社だ

式内與位神社御由来略記

一、御鎮座地 宍粟郡山崎町與位129番地

一、御祭神 素盞鳴命(すさのおのみこと)・稲田姫命(いなだひめのみこと)

一、御由来

素盞鳴命は伊弊諾尊の御子にして生来御気性の荒い神様で御姉神天照大神のお怒りにあい天下り給いし後、稲田姫命をめとり、ひたすら心清々しき日々を送られた神様であります。当社の御創立は遠く成務天皇14年甲申2月11日(144年)鎮座と称し、また欽明天皇25年甲申2月11日(594年)とも伝えられ、そのいずれか定かではありませんが、伊和大神すなわち大国主命が国土経営をなされた時、父母の神として與位大神を與位山の地に、子勝大神を丸山の地に奉斉せられたのが始まりといわれ、延喜式という古い書物にもはっきりと記されていることからしても、延喜式以前御創立を物語る古い神社であります。播磨鑑という書物に「八乙女の鈴やふりつゝ祈るにぞ神も願をよるの夢みせ」と記され、今もこの故実により、八名の氏子の子女が巫女として大祭に奉仕しております。また昔から神饌第一に栗蒸しを奉る古例が存続しており明治42年に子勝神社を與位神社に合祀し、今日に到っております。

一、祭儀 春季大祭<4月29日> 秋季大祭<体育の日>

一、氏子 清野・杉ケ瀬・與位・木ノ谷 各自治会

一、境内末社 大歳神社…猿田彦命・大年神

一、境内地 3055坪

與位神社


山崎町指定文化財

「與位神社の社叢」

指定年月日 平成12年5月31日 山崎町教育委員会

概要
当社叢は、15,000平方メートルの広大な鎮守の森であり、温帯常緑林としての性格を持っている。
樹種は、
高木=イチイガシ・シラカシ・アラカシ・スギ・ケヤキ・ムク等
低木=ヤブツバキ・アオキ・ヤブニッケイ・シキミ・マンリョウ等
草木=ミヤマフユイチゴ・ミヤマカタバミ・オウレン・テイカカズラ・ビナンカズラ・ヤブミョウガ等

特徴
*社殿には推定樹齢400年の巨木、見事な大杉がある。山崎町指定文化財(昭和60年2月14日)

*南端にそびえるイチガシは、幹囲4メートル、推定樹齢400年である。この地方では稀にみる珍しい大木である。

*特に当社叢の樹木、草木は、古来より鎮守の森として保護され、当地方の自然環境を伝承する上で、最も貴重な植物群落である。

與位神社

与位の集落を抜け、高尾川に沿った舗装林道に入っていく。途中から舗装は途切れ地道になるが、普通自動車でも問題なく走れる。

9:40
林道が西に曲がるところで、右に高尾川に架かる橋を渡る。道は悪いが何とか走れる。支流に架かる橋を渡った先に方向転換できるスペースがあったのでそこに止める。ここから登れば閏賀の集落に抜ける峠にいけるはずだ。



峠、高畑山頂上への道

9:52
準備を終え登山開始。川に沿って登っていく。地形図では枯れ川になっているが、昨日の雨のため水量が豊富だ。

道は狭くなり、植林の斜面を登っていく。しかし道はいつの間にか不鮮明になってきた。そして消えてしまった。方向もおかしいので右寄りに修正する。浅い谷沿いの結構急な植林の中を登っていく。周囲の地形からコースは間違っていないはずだ。

10:29
非常に不鮮明な道が現れ、登って行くと閏賀に抜ける峠に着いた。地形図では峠までの道は破線(1.5m未満の道路)道になっているが、完全に廃道状態だった。

峠には「一宮町一般分収造林地」と「環境にやさしい森づくり」と書かれた大きな木柱2本と、関西電力の「火の用心」道標があった。

峠の木柱
あれ変だな

変だなと思い、藪を抜け一宮町側に行くと、閏賀から峠に林道が上がってきていた。地形図の破線道ではなくおそらく閏賀の北からの実線道が峠まで来ているようだ。ということは峠には一宮町から登るのが正解だろう。

関電の巡視路道標は北西の尾根に向けられている。道標に鉄塔番号は記載されていないし、この尾根には関電の施設はないはずだし、不思議だ。

高畑山頂上は峠から南東に300mほどのところだ。一宮町側は雑木、山崎町側は植林で、切り開きはあったが、かなり急な登りにくい斜面だ。所々に境界杭があり進む方向ははっきり分かる。両側の木々のため見通しは効かない。

峠から高畑山への登り
急で登りにくい

10:55
高畑山頂上に到着。登り始めてから1時間かかってしまった。

頂上には三角点標石<四等三角点、点名:閏賀>があり、周りは雑木に囲まれ展望はない。南の尾根と北東の尾根に切り開きがある。

プレートが1枚だけ下がっている。MTB登山の大柿さんのだ。今年の3月に閏賀から登り南の尾根に向かったようだ。

高畑山頂上
展望は無い



南の尾根へ

11:18
登っている時は、はっきりした道もなく高畑山頂上に着いたら引き返そうと思っていた。しかし、意外と良い切り開きが南に続いている。大柿さんの赤布を期待し、南に行くことに決定。

南の尾根に入ると初めは両側とも雑木の林で、展望は無いが非常にいい雰囲気だった。

高畑山頂上から南の尾根
これが続いてくれたら言うことはないが

11:32
右側の展望が広がっているところに来た。右下に大きな木があり、高尾川の谷がよく見える。


高尾川と林道
この木は下から見えるかな
展望地の先は両側とも植林になり、展望はないし面白くない尾根道になってきた。但し非常に歩きやすいことは否定できないが。

11:43
地形図の「安積」と「山崎」の境目の鞍部に着いた。相変わらず両側共に植林だ。

植林の尾根の道
歩くだけならいい道だ

11:57
519mのピークへの登りの途中から左側が雑木の林に。

11:59
あの一部では有名な大柿赤布が、木に縛り付けてある。新しさ、布地の弾力性から見て間違いないだろう。大柿赤布以外に少数のテーピングしかなかったが、支尾根はなく道を間違いやすいところはなかった。

12:01
519mのピークに到着。南側は植林の急斜面で踏み跡はない。斜面の下を見ると私の判断した方向に赤布が付けられている。大柿さんと私の判断が一致したのだから間違いないだろう。

植林の斜面を下りていくと、狭い尾根に無事に到着した。尾根の左側はまた雑木の林になった。切り開きの日当りのいい部分には、ササが茂り少しだけ歩きにくくなっている。

12:09
写真を撮ろうかなとデジカメの電源を入れた瞬間、右下から雌鹿が飛び出し前方を横切っていった。鹿の写真は結局撮れなかった。



下山は展望の送電線鉄塔巡り

12:26
尾根から20mほど右下に送電線鉄塔が見える。展望が良さそうなので下りてみる。

関西電力「山崎智頭線八」だ。平成13年6月に建設されたものだ。鉄塔の中心の真下に3m四方ほどのコンクリートの直方体が据え付けられている。眺めもよく具合がいいのでその上でお昼ご飯を食べる。

与位の集落、揖保川が、その先には宮山(山崎町の宮山646m)がよく見える。
8鉄塔から与位の集落
集落の中央に与位神社の社叢が見える

12:50
食事を終えて、尾根の上にある「山崎智頭線七」の鉄塔に登り始める。ここからは送電線巡視路を行けば良いので気楽だ。この付近は送電線が込み入っているので、果たしてどこに下りることができるか楽しみだ。

12:58
「山崎智頭線七」鉄塔に到着。ここからは東側の展望が広がり、伊和神社の社叢、伊和三山の花咲山・白倉山、そのほか生栖行者山・宮山・黒尾山などが見えた。今回の山行の中で一番の展望地だった。


7鉄塔から北東方向の展望
正面が花咲山、その右が宮山、その下が伊和神社

13:09
「山崎智頭線七」鉄塔の南に三角点標石<三等三角点、点名:清野>があるが、なぜか測量用赤白棒が標石の上に組まれている。鉄塔工事の際、標石を傷つけないようにするためかなとも思う。

清野三等三角点標石
「よいとまけ」というのかな

13:14
三角点から西に延びる尾根にある鉄塔「山崎智頭線六外一」に着いた。「八」、「七」と来たので「六」かと思ったが「六外一」とは意表を突かれた。ここからも宮山などがよく見える。

13:21
巡視路を下り、送電線が東に向きを変える鉄塔「山崎智頭線六」に着いた。ここからは「関西電力山崎実験センター」方向がよく見え、沢山の鉄塔が向かいの山に立っている。

13:29
暗い植林の中を下りていくと、また1頭鹿が前を走り抜けた。巡視路は清野の集落めがけ下りていくようだ。

植林の中の鉄塔巡りの巡視路
非常につまらない道だ

13:31
今度は揖保川沿いに延びる「安積神野線」の「一九」鉄塔だ。山崎智頭線に比べるとかなり小振りだ。建設は昭和56年年4月となっている。

揖保川がすぐ下に見えるが、巡視路は下らずに次の鉄塔を目指している。帰る向きとは逆の東に進んでいる。

13:40
「山崎智頭線五」に着いた。すぐ下には「安積神野線一八」があり、ここで送電線が交差している。

13:44
ようやく巡視路から林道に下りることができた。この林道は地形図には載っていないが、清野の集落の中の狭い通りの東の端のほう、墓地の間にあるコンクリート舗装の道の先で、入口にはゲートがあり閉められている。

巡視路の入口に行く道
ゲートは開けることができる

付近には駐車場所もないので、ここは下山口に使った方が良いと思う。登り始めも高尾川側ではなく閏賀の集落の北の林道の方が良いと思う。

14:59
高尾川沿いの林道を歩き、駐車場所に戻る。下山してから車に戻るのに1時間以上かかってしまった。閏賀なら少しは近かったろう。



おまけ

車に戻る途中の揖保川岸に水力発電所があった。水力発電所というと大きなダムが頭に浮かぶが、ここのはこじんまりとしたものだ。揖保川の2.5kmほど上流で取水しその落差14mを使った小さな発電所だ。

関西電力 神野発電所
村の発電所だ

神野発電所の概要

出   力 : 1,190KW(約400軒分)
送電区域 : 山崎町
形   式 : 水路式
落   差 : 14m
水   車 : 横軸円筒可動翼プロペラ
利用河川 : 揖保川水系揖保川
建設年月 : 大正12年9月
建設会社 : 姫路水力電気(株)
改良年月 : 平成3年8月

・発電した電気は、6600ボルトで、山崎町内に送電しています。約400軒の家庭に電気が送れます。

・この発電所は大正12年に姫路水力電気(株)により建設され、地域電源として活躍してきた発電所です。




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