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姫路市大回り、その16(桜山池から京見山)



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平成16年1月3日(土)  メンバー 私だけ

西蒲田山 にしかまたやま 178.0m
白毛山 しらげやま 215m
京見山 きょうみやま 216.1m

2万5千分の1地形図「姫路北」・「姫路南」・「龍野」・「網干」を参照すること。


姫路市大回り

2年がかりの「姫路市大回り」もようやく終盤戦をむかえ、今回は京見山に登ってきた。

前回の終了点・槻坂(けやきざか)から市町界は峠の南を巡り、東隣の馬山の北を横断している。馬山は1年ほど前に南の王子神社から登ったことがある。頂上までは登山道があったが、北側は雑木籔が広がっていて市町界をたどることは不可能だと確認している。

市町界は馬山を越えて東の桜山貯水池を横断し青山ゴルフ場の中に入っていく。今時分に池を泳いで渡るのもきついし、ゴルフ場も入れさせてはくれまい。

という訳で、馬山は全面的にカット、桜山貯水池も泳がずに南岸を半周したのち、車道を歩き青山南2丁目から京見山山塊に取り付き市町界をたどり勝山に下山というコース設定にした。


桜山貯水池

7:31
今回も妻の運転する車に送ってもらい姫新線太市駅から行動を開始。まだ日は昇りきらず少し薄暗く寒い。温度計を見ると1度しかない。

92.7mの三角点がある小山の南を回り山陽自動車道・太子龍野バイパス連絡道の下をくぐり桜山貯水池堰堤の南に続く実線道・破線道を進む。堰堤の下はアスレッチク風の遊具のある公園が建設中で霜で真っ白になっている。

8:13
堰堤の南端に着いた。ここまで登ってくる破線道の状態は非常に悪かったが、釣人のものか軽の四駆が止めらている。

注意書きの看板が立っている。

立入禁止

  1. 貯水池内は危険なため、魚釣り・水泳・ボート遊び等の立ち入りを一切禁止する。
  2. フェンス・トビラ等の設備をこわさないこと。

右記に違反すると、不法侵入・器物損壊で罰せられます。

以上

新日本製鐵株式会社 広畑製鐵所

池を泳いで渡らなくてよかった。しかしこの池が広畑製鐵所の持ち物とは知らなかった。鉄を作るには大量の水がいるのだろうがこんな大きな貯水池が必要とは思いもしなかった。

堰堤は立入禁止の桜山貯水池
風がなく水面が鏡のようだ

池の南岸の破線道はしっかりした道だ。ただ両側の朝露をたっぷり含んだ笹が道に覆い被さり服が濡れてしまうのが困ったものだが。少し入ってからレインウェアの下を着る。笹は背丈以上のところもあり早朝に入るつもりなら雨具の上下は用意しないとずぶ濡れになってしまうだろう。

笹が茂る周回道
手入れはあまりしていないようだ

周回道と池の間には笹が茂っているので池を見ることは出来ない。けれども、所々池に下りることが出来るところがあり釣も出来そうだ。途中に分岐が1ヶ所だけあり、池の西の端から南西に太子龍野バイパスに抜ける道がある。

桜山貯水池
後の建物は自然観察の森の管理練


車道を行き青山南2丁目へ

9:18
フェンスの間から「県立こどもの館」前の道路に出た。道路を東に下っていくと「姫路科学館」、「星の子館」、「ケアーハウス青山苑」と続き、「青山小学校」の向かいに、この道の解説板がある。

青山名所

龍野街道と桜峠

この道は、かつて龍野街道とよばれ、南の山陽道におおむね平行しています。西から播州赤穂・上郡・有年・揖西・龍野・小宅・槻坂・中村・桜峠・青山へとつながっている。伝説によれば、元禄14・5年にさかのぼった街道秘話が聞かれる。(青山物語より)この街道はさほど交通の難所はなく、旅に欠かせない青松・名水・景勝が田畑や山腹に点在している。
しかし一見おだやかに見えるが、この街道界隈は永禄時代(1558〜69)の黒田官兵衛奮戦記、元禄時代(1688〜1703)の赤穂浪士の伝説が語り継がれている。隠密剣士がみえかくれしていたためか、別名隠れ街道ともいわれた。
この地点から西に登りつめると桜池が一望できる。現在のこの道路や桜池は昭和15年3月(1940〜)から新日本製鉄広畑製鉄所の貯水池建設のため大きく様変わりしました。としをおいて、新たに

昭和59年(1984)姫路市立青山小学校・幼稚園。
昭和61年(1986)姫路市立自然観察の森。
平成元年7月(1989)県立こどもの館。
平成4・5年(1992〜93)星の子館・姫路科学館。
平成9年7月(1997)ケアーハウス青山苑。

が新設され、今に至る。

詩歌  人丸

青山を よこきる雲の いちしるく
我とえみしも 人にしらるゝ

平成15年2月吉日
青山連合自治会 姫路市立青山公民館

10:05
国道2号線南側の住宅地、青山南2丁目1−8の向かいから山に入る。


東蒲田山から白毛山へ

入るとすぐにコンクリート溝に丸太の橋がかかっている。南に行くと草原があり、東端に「火の用心17」の関西電力送電線巡視路の道標があるがそこからは入らず、草原の西端から南に入る。

草が茂り分りにくくなっているが、茂みを抜けると「火の用心18」があり谷沿いに送電線巡視路が延びている。

10:24
18への分岐があるが、そこは直進し19に向う。落ち葉の積もった送電線巡視路らしく広い歩きやすい道を行く。

もうすぐ鉄塔だ
余り人は歩いていないようだ

10:33
「浜田線19」の送電線鉄塔に着いた。巡視路はここから178.0m三角点ピークの西を巻いて南に続いている。

市町界は三角点ピーク方向の南東に延びていて、最初は緩やかな雑木籔の中で境界杭をたどりながら進む。急斜面になると明確な切り開きが現れる。19の鉄塔からは桜の木の右手から入るのだが、余り一般向きな経路ではないことは間違いない。地形図・コンパス・感が必要となる。

雑木籔の中、境界杭をたどる
巡視路を進んだ方がいいと思う

10:50
急傾斜の切り開きを木につかまりながら登り、178.0m四等三角点ピーク(点名:西蒲田)に着いた。ここが西蒲田山の頂上なのだろうか。ピークは雑木に囲まれ展望は無いが、東に少し下ると関西電力の無線反射板があり展望が広がっている。反射板が邪魔になるが夢前川の向こう側の苫編山塊から姫時港方向がよく見える。

三角点ピークから南は反射板の巡視路も兼ねているので比較的歩きやすい道が続いている。108m標高点付近からは南側がよく見え、これから進む白毛山や京見山が遠くに見える。

11:23
右側が植林、左側が雑木林の緩やかな道を下り、送電線鉄塔(浜田線20)に到着。新幹線やバイパスがよく見える。ここには「火の用心 2003 H.O.K」と書かれた標識が木から下がっている。これは関西電力の送電線巡視路標識ではではなく「広畑・大津・勝原 まちづくりの会」が付けているもので、ハイキング道の案内標識になっている。

11:31
今日の行程の最低鞍部に着いた。下をバイパスの山田トンネルが通っているところだ。東側の西蒲田へは道が下っているが、東側ははっきりしない。

11:42
真っすぐで急な道を汗をかきながら登り、緩やかになってくると大きな「火の用心」がある。148mのピークだ。ここは十字路になっている。

西への道らしい道は西に下る送電線巡視路だ。南は「火の用心 2003 H.O.K」が下がる籔っぽい道で姫路YMCA太子キャンプ場に下る。東は市町界の切り開きでこれまた籔っぽい狭い道が白毛山に向け延びている。当然ここは東に進む。

市町界の切り開き
新幹線京見トンネルの上辺りか

11:56
東側が開けた岩場がある。太子龍野バイパスのサービスエリアが足元に見える。以前来た時はここが蒲田城跡かと思ったが違うようだ。ここから南側の道は「広畑・大津・勝原まちづくりの会」の方が整備されたのか笹が刈られていて歩きやすくなる。

展望の岩場
木がないと怖いな

12:03
140mほどのピークに

蒲田城跡 平成16年1月吉日 京見山愛好会 広畑・大津・勝原まちづくりの会

の杭が立っていて「火の用心 2003 H.O.K」も木から下がっている。ここが蒲田城跡のようだが周囲は雑木林で展望は全くない。

12:06
尾根を進むと分岐標識があり、来た道は「蒲田城跡」、東は「西蒲田」、南は「白毛山、原」となっている。南に進む。

南向きの斜面では道幅いっぱいに笹を刈り取った跡がある。「広畑・大津・勝原まちづくりの会」の地道な手入れがなければ数年で完全な笹原に戻ってしまうだろう。歩く人が増えればいいのだが。

12:12
80mほどの鞍部に着いた。西は「原」で笹が大分茂っている。東は「下野」(地形図にはこの地名は無いがとにかく東に下りるのだろう)方向は比較的良好な道が下っている。南は「白毛山」で結構踏まれた道が登っている。ここも南に進む。

鞍部に下り立つ
誰が撮ったのだろう

植林と雑木の境界を登る。小山を一つ越すと緩やかな登りになるが、次第に傾斜は急になってくる。斜度としてはそれほどでもないのだが、一直線の登りが長く続き実際以上にきつい登りに感じる。

12:35
白毛山頂上への点検道路に出た。白毛山頂上のちょうど北側で、ここにも「火の用心 2003 H.O.K」が木から下がっている。

12:39
白毛山頂上に到着。広い頂上には「NTT Docomo 白毛無線中継所」(1年ほど前に来た時はNTTマークが消された「白毛無線中継所」だったが、NTTからDocomoに身売りされたようだ。アンテナも中継用はほとんどなく携帯の基地局アンテナだけが目立つ)のアンテナ鉄塔があるだけで三角点はない。

展望はまずまずだがアンテナ鉄塔が邪魔をするのと、周囲に生えている木々のため座り込むと展望がなくなる。

先着者が一人、MTBで点検道路を登ってきていてこれから京見山へ行くと言う。ここで昼食にする。

座ると展望がなくなる
欲しいなMTB、折りたたみ自転車でもいいや


ハイキング道で京見山へ

13:02
昼食後、京見山を目指し出発する。本日の行程の半ばを過ぎて、あとはハイキングコースを歩くだけなので気も楽になってきた。

13:04
トンガリ山・才への分岐の案内標識がある。脇の木に「とんがり山15分」と白ペンキで書いてある。往復30分とピークで10分、合計40分か。今度にしょ。

京見山ハイキング道
普通の人が歩く道、私が歩いても似合わないな

白毛山からの京見山へのハイキング道は、白毛山以北の「踏み跡、切り開き、ただの籔、少しはましな送電線巡視路」に比べたら正に天国と地獄ほどの差がある。道はよく踏みしめられていて草は生えていない、道脇から木の枝も出ていない。傾斜地ではジグザグになっているし、これなら誰でも歩ける。

13:15
「四ツ塚古墳」への回り道が左手にあるが、これは前に回ったのでパス。白毛山以北では誰にも会わなかったが次々と家族や夫婦、単独のハイカーと出会う。

13:38
地形図に載っている破線道と交差する鞍部に着いた。名前は「泣き坂峠」と言う。西の原へも東の才へもいい道が下りている。

泣き坂峠

秀吉の播磨攻めに落城した英賀城の落武者が悔い泣きながら原村方面に落ち延びていった、という哀しい伝説があり泣き坂峠と呼ばれている。

泣き坂峠を原に下る落武者?
峠道は谷道だ

この峠には考えさせられる表示板がある。

京見山愛好者の皆さん!

最近、過度に木を伐採したり、新しい山道をつけたり自分たちの都合の良いように道を加工するなどがふえました。利用する人の都合だけでなく、山道の特徴と良さ、自然を保護する観点から、むやみに伐採などしないようにしましょう。
また土地の所有者の了解も必要です。

京見山愛好者有志

ハイキング道がパラダイス化している山がどことは言わないが姫路周辺にも点々とある。京見山もその仲間に入るのかと心配していたが、良識のある人がいることが分ってよかった。

13:47
京見山頂上に到着。周囲の木々が胸がスカッとするほど伐採されていて大展望が広がっている。ハイカーも10人近くいる。

前回来た時はなかった大きなパノラマ写真が2枚展示されている。以前からあった時計も温度計もベンチもある。昔は高射砲陣地があったくらいだから何があっても京見山は驚かないだろう。

京見山頂上
展望がよくなっている

14:10
京見山頂上を後にし、市町界が延びる勝山町への尾根を下ることにする。

14:26
頂上の西で北へ分岐し、「浜田線28」送電線鉄塔に着いた。尾根の上の一本道かと思っていたが原への分岐もあるし結構入り組んでいる。

14:31
標高175mの「見晴し台」に着いた。大岩が尾根から突き出すようになっていて、天然の展望台となっている。

14:48
勝山町の「薬司神社」(途中の道標では薬師神社とも表記されていた)の東側にある墓地最上部の「登山口」「火の用心 H.O.K」と表示された登山口に到着。

14:57
神社を後にし、次回に登る檀特山を眺めながらJR網干駅に向う。

15:26
網干駅に着き、本日の山行を終了する。次回は檀特山に登りそのまま瀬戸内海を目指す予定だ。



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