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宮山(姫路)



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平成16年6月5日(土)  メンバー私だけ

宮山 みややま 91m

2万5千分の1地形図「姫路南部」を参照すること。


入梅間近

姫路市の東に、南を仁寿山・麻生山(小富士山)・北をJR山陽線・新幹線そして西を市川に挟まれた最高標高地点91mの山がある。その山の東側に宮山古墳があり昭和44・47年の発掘調査で多くの物が出土し、それらは国の重要文化財に指定されている。

宮山古墳は春日神社の裏山にあり、その裏山を宮山と呼ぶのだろうが、宮山古墳がある山ということで最高標高地点91mの山全体を宮山と仮に呼ぶことにする。

この山はJRの通勤で姫路から市川を渡ると南側に見え非常に気になって、日曜日にも行ってみたのだが駐車場所に適当なところがなく登山口も分らなかった。来週からは梅雨に入りそうで、天気のよい今日はもっと山らしい山に登りたかったが、宮山がどうしても心から離れない。


西側の国王神社から

9:02
妻に送ってもらい、新幹線南の市川左岸河川敷駐車場から出発する。既に河川敷駐車場は野球をする人達の車でいっぱいだ。

北側のJRの列車から見える石碑付近には登山口がないことを日曜日に確認しているので、今日は西側の市川沿いを行ってみることにする。

9:17
「社会福祉法人 尚紫会 むれさき苑」駐車場への進入路入口脇に「国王神社」への参道がある。ただし参道入口にはチェーンが架かり車を入れることはできない。

参道には野犬が3頭ほどいて威嚇するように吠えている。気にしないで入っていくと尻尾を巻いて山の中に入っていってしまった。捨て犬が野犬化しているのだろうが、根性がない犬でよかった。

9:20
本殿左横から「国王神社」入る。本殿の右後から「火の用心」の関西電力送電線巡視路が始まっているが、さらに周囲を調査すると、神社正面の石段下の参道に「阿菩参道」の案内があり、山の中に入っていくような感じがする。しかし入ってみると、「むれさき苑」の裏手に下りてしまった。

国王神社
この右後から送電線巡視路が始まっている


尾根を南に進む

9:35
神社に戻り本殿右後の送電線巡視路を3分ほど登ると、標高50mほどの鞍部に着いた。巡視路は左右の尾根へとに分かれていて、道の状態は非常によい。

その分岐点には古い道標が落ちていて、かすれた字で「至阿保国王神社150m」と書かれている。それからすぐ南側には東屋まである。今は誰も通らないようだが一時期ハイキングコースとして整備されたときがあるのだろう。

道に被さる東屋
古そうな東屋だ

よい道が続く
展望はまったくない

9:42
鞍部の分岐点から南へ緩やかな道を登って行くと、91m標高点手前に西側へ下る道がある。歩かれてはないがそれなりにいい道で、平成11年版の地形図にはあるが平成15年版ではなくなってしまった送電線鉄塔への道なのだろうか。

ここまでの道は雑木林に囲まれて周囲が見えず、まるで山奥を歩いているような気分がする。ただ常に聞こえてくる車、建築、犬の鳴き声などの生活音さえなければ最高なのだが。

9:44
今回の山行の最高地点(91m)に着いた。そこで道は正確な長方形にくぼんでいて、過去に発掘調査をした跡のように見える。麓に古墳があるので頂上を掘ったら何か出るだろうと考えたのだろうか。

頂上の南側は岩場になっていて、南の仁寿山・麻生山がよく見える。岩場から南の尾根へ行く道はなさそうで、送電線巡視路は頂上から東へ曲がり下っている。

宮山頂上南の岩場から
姫路市中心部近くとは思えない景色だ

9:49
頂上から東に、少し暗いが急なところは九十九折にした歩きやすい送電線巡視路を下り「宮西線六」の鉄塔に着いた。

送電線鉄塔の名板の取り付け位置だが、その規則が分った。送電線を川にたとえ、電源側(発電所のあるほう)を上流・負荷側(電気を消費するほう)を下流とすると、上流側左岸に当る鉄塔の足に取り付けてあることが分った。これで、斜面に立っている大鉄塔の名板を探すために4本の足を巡らなくてすみそうだ。


宮山古墳から引き返す

9:52
四郷町坂本の春日神社西側の墓地に下りた。下りたのは六地蔵の裏からだが、「火の用心」の送電線巡視路標識は少し西側のお地蔵さんの前に立っている。

墓地と春日神社の間に少し盛り上がった丸い地形があり、擬木の柵が付いた遊歩道が二重に取り囲んでいる。それが宮山古墳で結構大きなものだ。

東から見た宮山古墳
広場は草ぼうぼう

  宮山古墳
  県指定史跡(昭和48年3月9日指定)

5世紀後半に築かれた直径30mの円墳で、尾根の突端部に位置している。昭和44年と47年の二度の発掘調査の結果、平行する二つの竪穴式石室の下にもう一つの竪穴室があることがわかった。土器のほか、刀・鏡・装身具など多様多種の遺物が出土した。中でも、二対の垂飾付耳飾りや金象嵌太刀などは全国にも類例の少ない貴重なものである。
出土品は一括して平成10年6月30日に国の重要文化財に指定された。

平成11年3月 姫路市教育委員会

発掘当時にはお祭り騒ぎが巻き起こり、予算も付いて東側広場や東屋(東と南にある)や遊歩道が整備されたのだろう。しかし、最近はあまり手入れはされていないようで、ちょっと淋しい状況になっている。

古墳の北側を回り墓地に行く車道があり、充分な駐車スペースもあるのだが残念ながら入口にはチェーンが架かり車は入れない。その入口脇の石垣上には「宮山古墳公園」の立派な石碑が草葉の陰に隠れている。

古墳東側の春日神社境内には車を止めるスペースがあるのだが、残念ながらここも駐車はできない。

神社境内は聖地の為又消防車の待機車庫がある為出動の際支障が出ますので、車の駐車を全面禁止いたします。

春日神社総代
坂本自治会

宮山古墳の東にある春日神社

10:11
最初の国王神社から登った尾根の鞍部まで引き返し、さらに北側を調査することにする。


今度は北の印鐸神社へ

10:31
写真を撮りながらでも20分で最初の鞍部まで戻ることができた。ここから北はまだ未踏の地で、四郷町山脇の山腹にある神社が次の目的地だ。

10:33
道が左右に分かれている。左は市川を渡る送電線の鉄塔に行くものだろう。右手近くに鉄塔が見えるので、ここは右に行く。

10:34
「宮西線七」送電線鉄塔に着いた。この鉄塔で南からきた高圧送電線2回線が2方に分岐している。

送電線が分岐する「宮西七」鉄塔
実はこれを見るのが本当の目的だったりもする

明るい道が北に続く
市川河川敷が見えるところもある

10:43
今度は右斜めに細い道が分岐していて、おそらく山腹にある神社へと続く道だろう。分岐には入らず尾根を直進することにする。

10:46
小鳥を外気浴させている愛想の悪いおっさん(向うもこんなところを人が歩いていてビックリしただろう)に出会いその先の「城東支線一」送電線鉄塔を通過。

「大前家所有」と刻まれた石柱がある。その石柱の所有者が大前さんなのではなく、山自体が大前さんのものなのだろう。

10:49
擬木の階段が現れ、「城東支線ニ」に着いた。送電線巡視路にプラ階段なら分るが、擬木の階段とはどうした訳なのだろう。最後の送電線鉄塔から擬木階段道は東に下って行く。

さらに続く擬木階段
誰も歩いていないようだ

10:54
南へ伸びる水平道が擬木階段道から分岐している。この水平道が山腹の神社に行く道に間違いないだろう。

10:56
分岐道に入り神社が見えてくると、薮蚊も現れた。竹薮があると薮蚊もひどいが、神社にも窪みがある人工物があるので蚊が発生するのだろう。

東側山腹に位置する印鐸(いんたく)神社
神社の多い山だ

北側の玉垣の間から神社境内に入ったが、南側からも細い道が山の中に延びている。その道が尾根まで通じているのだろう。

印鐸神社から東に正面石段を下ると、横の草地の中にブランコの残骸がある。昔は子どもがたくさんいてこの辺も遊び場だったのだろうが、今は草が茂っているだけだ。

11:04
麓にある「太神宮」の前に下り立った。ここも車を置くスペースはあるが、道は極細で段差もあり車を入れるのは至難の業だろう。どうやらこの山の登山口には車を止めることは出来ないようだ。

宮山から下山(印鐸神社への鳥居をくぐる)
この神社の多さには何か訳があるのだろう

登山口の鳥居の脇に古い道標が立っている。

至 東阿保国王神社 1.0km、至 四郷中学校1.7km
仁寿山系ハイキングコース 火の用心 姫路市

この道標で、擬木階段・古い東屋のある訳が分った。この山は仁寿山・麻生山から続くハイキングコースとして整備されたのだ。しかし今は歩く人もなく、どのガイドブックにも載っていない幻のハイキングコースとなってしまったのだ。

これから御旅山・仁寿山・麻生山(小富士山)と歩く人は、ぜひともこの宮山も続けて歩き完全縦走をして欲しいものだ。



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