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広峰山送電線鉄塔マニア



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平成16年12月26日(日)  メンバー 私だけ

2万5千分の1地形図「姫路北」を参照すること。


広峰山、送電線鉄塔巡り

広峰山の中央を南北に貫く送電線の鉄塔13本を巡ってきた。どの送電線鉄塔もあまり特徴のない平凡なものだったが、普段行くことのない道を行ったので不思議な物をいくつか見ることが出来た。

今日、巡回した鉄塔は大きく二種類に分けることができる。下の写真を見てもらえば分ると思うが、送電線を鉄塔でどう支持するかで懸垂型と耐張型に分かれる。がいしで送電線を吊る形になっているものが懸垂型。送電線を引っ張って支持しているのが耐張型だ。今回の13本のうち6本が懸垂型で7本が耐張型だった。

懸垂鉄塔「溝口線一八」

耐張鉄塔「溝口線一三」


最初の「溝口線一三」送電線鉄塔

9:53
広峰山の南麓、北平野奥垣内の大池まで妻その1に送ってもらい、行者堂の横から歩き始める。

大池の反対側に送電線鉄塔が1本見えるが広峰山の中なのか、外なのか際どいところだ。池を回らなければならず、めんどくさいので今回は割愛したが次回の広峰山鉄塔巡り(姫路市の全鉄塔巡りも面白いかも)では必ず行くことにしよう。

9:57
大池の西を北に進み、天満神社横の広峰山ハイキング道入口まで行くと、赤字に白文字の標識がある。私はこれは「送電線巡視路標識」と呼んでいるが正式名は知らない。

この巧みに「火の用心」標語板に偽装した関西電力の標識と、そこに書かれた数字と矢印が送電線鉄塔巡りの重要な道標となる。

最初の送電線巡視路標識

上の写真のものは真っすぐ行くと14号鉄塔へ、右に進むと13号鉄塔に行ける事を意味している。

10:02
天満神社の石段の前を東に進み落ち葉の積もる山道に入ると、すぐに北向きの分岐があり、そこには北向きに「火の用心」送電線巡視路標識が立っている。標識どおり北の山に登ることにする。

10:03
また分岐があり、左側に標識がある。このように書くと送電線巡視路を巡るのは簡単のように思えるが(ここのは簡単だが)、送電線巡視路の始まりを見つけるは非常に難しく、わざと分りにくいところから始まっているように思えるのもある。

送電線巡視路を登る

送電線巡視路は、初めは送電線鉄塔建設作業員の通勤路であり、よりよい労働環境の確保のために、非常に緩やかに付けられている。どうしても急になってしまうところには、プラスチックの踏み段で階段道にするのが普通だ。

しかし、この巡視路では私が思っている常識は通用しないようで、結構急な道が続いている。その上、急な道に落ち葉が積もり滑り易くなっている。

10:18
ようやく1本目の送電線鉄塔までたどり着いた。広峰山の中腹で標高は150m程か、周囲は雑木に囲まれ展望はない。

関西電力の送電線鉄塔には必ず名前板が取り付けられている。この鉄塔には「溝口線一三 昭和51年2月 関西電力株式会社」のプレートが付けられている。

本日1本目の鉄塔

送電線鉄塔の名前板

アングルで組んだ一般的な耐張鉄塔で、送電線は3本2組の2回線。電圧は7万7千ボルト。電圧は鉄塔に付けられている敷地借受書から分った。


所在地姫路市広峰、広峰山国有林5 4林班
用 途特別高圧送電線 溝口線 77 KV
使用面積    有償 0.0704 ha
    無償 0.3450 ha
使用期間  自 昭和46年7月12日
  至 昭和76年3月31日
借受人住所
名称
氏名
 姫路市十二所前町117番地
 関西電力株式会社姫路支店


一般家庭には単相3線式100ボルト/200ボルトの電気が来ているが、普通の送電線は3本が一組になった三相3線式になっている。三相3線式の利点は、他の形式に比べて同じ電線量で最大の電力を送れることと、モーターを回しやすいところだ。


「溝口線一四」送電線鉄塔

次の送電線鉄塔だが、鉄塔の近くにある「火の用心」標識は上方の広峰神社のある方向を指している。しかし、薄っすらとした切り開きがあるだけで送電線巡視路はない。麓まで下りてハイキング道を登った方が早いし楽そうな気もするが、あえて薄い切り開きを登ることにする。

急な切り開きを無理やり登って行くと、微かだが九十九に付けられた道の痕跡があるような気もするが、気の迷いかもしれない。

急な切り開きを登る

10:49
25分ほど登り難き急斜面の切り開きを、無理やりに登っていく。ようやく緩やかになると、段々に整地された地形が現れた。一段登ると小さなお社が祀られている。正面の扉はネズミにでもかじられたのか穴が開いている。誰もお参りに来ている様子はなく、なぜこのようなところに建立したのだろうか。

段々の途中にある小さな社

11:00
段々の上部の笹薮を抜けると、広峰神社から北平野奥垣内に下るハイキング道の起点となっている「憩いの広場」角にある石灯籠に着いた。「憩いの広場」には「谷口家の碑」があり、下にあった社も関係があるのだろうか。

右手に進むとハイキング道

谷口家の碑

谷口家は赤松の一族である。
赤穂加里屋城主岡豊前守のニ男谷口政治、永禄年中当地に移住廣峯神社神官となり和泉守従五位下に叙せられる。以後子孫代々同社に仕う。
明治末期に至り十四代徳政は実業界に進出、子孫と共に当地を去るに当り、父祖の慰霊のため姫路市と協力して広峰山の車道を開発、また長子政勝は昭和52年父祖伝来の屋敷並びに山林1万坪を姫路市に寄贈す。
 本所は、その屋敷跡也。

11:14
門松が飾られた広峰神社を素通りし、近畿自然歩道を西に行き御師屋敷跡・白幣山への登り口を過ぎると「火の用心」標識があり、次の一四番の矢印は左手を示している。

送電線鉄塔は近畿自然歩道の近くにあるが、その途中に注連縄のかかる大きな岩があり「広峰山海神石」と名付けられている。周囲の木々のため全開の展望はないが、大岩の上に乗ると眺望が良さそうだ。しかし神様の石を足蹴にすることは出来ない。

広峰山海神石

広峰山海神石

(「この先にある」の文字は消されている)岩の名前は「海神石」と申します。
太古の昔、海神族が日本を支配していた時代がありました。その頃の人々は海と山は一つ、海にある物は山にもあるという考え方でした。兵庫県の内海の島には海、山を守る「いわくら」がいくつも有り、人々は天地を結ぶ神霊石として崇めていました。
方位を知る上でも大切な岩であり、又夜に暗くなると光色を発したり、光の色が違って船や人に危険を知らせる岩もありました。
この岩もその一つでしたが、今でも旅に出る人や海外旅行をする人を守る為にこの場所に存在しています。
「後悔先に立たず」の前に航海の無事を祈ります。兵庫県にはこのようにすばらしい物があることをお知らせいたします。
海神族は日常の生活でも結婚や子供を出産する時などもこのような岩に祈って自然に感謝の祈りをしていたというお話です。
この山の中には人間が生活する上で今でも大切なこれらの岩があります。山も海も人間を守る大切な地球の一部です。
今は神社やお寺もこれらの岩と同じようにこの山を守るお役が与えられています。
この岩は人々の心を癒す為に目に見える形で存在しているのです。  感謝。

文頭の「この先にある」の文字が消されていることから思うに、この新しい解説板は近畿自然歩道沿いに建てたかったようだ。しかし何か訳があって大岩のすぐ横に建てられている。

山の縁に立っている「溝口線一四」送電線鉄塔から南方向は、葉を落とした木々の枝越しに景色が見えるが、今日は霞んでいて遠望は利かない。

「溝口線一四」送電線鉄塔から南を見る

なお番号が大きくなったことから、この送電線は南側が電源側、北側が負荷側になっていることが分る。


「溝口線一五」送電線鉄塔

11:30
近畿自然歩道に戻り3分も西に進むと、北側に「火の用心」が現れ送電線巡視路以外では見たことがない黒い「プラ階段」が斜面を登り林の中へ道が延びている。

11:33
3分も行くと「溝口線一五」送電線鉄塔に着く。広峰山の山上は比較的平坦な地形で、緩いピークの上に立つこの鉄塔は、周囲を雑木に囲まれ展望は皆無。

「溝口線一五」送電線鉄塔


「溝口線一六」送電線鉄塔

近畿自然歩道に引き返し西へ進むとすぐに分岐点に出る。

近畿自然歩道の道標に従い西へ進むと夢前町山富の「氷室池」へ下る。ここから北へ行く道を「広峰道」と私は呼んでいる。地形図上では途中から破線道が消えているが、歩きやすい道(香寺町に入ると急坂あり)が香寺町奥須加院まで続いている。

11:42
分岐点から広峰道を5分ほど北に進むと、道の右側に「火の用心」標識とプラ階段がある。

送電線巡視路のプラ階段

プラ階段を登るとすぐに送電線鉄塔があり「溝口線一六」だ。

鉄塔の下のほうに電線が6周ほど巻かれたコイルがある。その電線がどこから来ているのかよく観察すると、両隣の鉄塔から鉄塔最上部に張られた架空地線(がくうちせん)が2本引き下ろされ、コイル状に巻かれその先は箱に入っている。その箱からは他に電線類は出てないようだ。

世の中には送電線鉄塔関係のサイトが沢山あるが、この架空地線のコイルに言及しているものを見つけることができず、この機構がどのような働きをするのか不明だ。

送電線鉄塔の謎のコイル


「溝口線一七」送電線鉄塔

11:49
地形図の南側墓地へ行く道との分岐点から1分ほどで、次の送電線鉄塔への入口がある。ここも広峰道のすぐ横に送電線鉄塔が立っている。

広峰道から送電線巡視路へ入る

「溝口線一七」も展望はない。送電線鉄塔自体も取り立てて特徴のない懸垂鉄塔で特に語ることはない。


「溝口線一八」送電線鉄塔

11:58
北側墓地の横を過ぎ1分ほど行くと「溝口線一八」の入口になる。またここからは339.8m三角点がある「弥高山」へも行くこともできる。

ここも1分ほどで特徴のない懸垂鉄塔の「溝口線一八」に着いた。北側が少し開け香寺町が見えている。鉄塔敷地の日当りよいところではモチツツジが返り咲いている。つぼみも膨らんでいるがいるが寒くなってしおれないか心配だ。

北の香寺町が霞んでいる

モチツツジの返り咲き


「溝口線一九」送電線鉄塔

12:10
広峰道を北に進むと広かった尾根が狭くなり、307m標高点へと方向を北西に変える地点に「溝口線一九」が立っている。これも特徴のない耐張鉄塔で、周囲は葉を落とした雑木林で次の鉄塔がかろうじて見えている。

広峰道脇に立っている「溝口線一九」


「溝口線ニ〇」送電線鉄塔


307m標高点から北東の鞍部へ下り、矢竹の間の道を少し登り返すと右側に「火の用心」標識がある。送電線鉄塔はここから広峰道を離れ南東に下る支尾根の先にある。

送電線巡視路に入り下っていくと犬を連れた夫婦のハイカーに出あった。挨拶をしただけでどこから来たか聞かなかったが、「姫路市営そうめん滝キャンプ場」から北西に伸びる谷筋の「木馬道」から登ってきたのだろうか。ここまでに6人に会い、この先で1人のハイカーに出会うので合計9人、広峰山でこんなに多くの人に会うのは初めてだ。

思わぬところであった犬を連れたハイカー

巡視路を少し入ると、人の手が加わった削平地が現れた。結構広い数段にわたる平たい地形は自然のものではない。そうするとここに何があったかで、送電線鉄塔建設作業員宿舎跡・WWU時代の高射砲陣地跡・廃寺跡・山城跡ぐらいが思い浮かぶが何があったのかは分らない。

ツバキの咲く、削平地を行く

12:37
広峰道から巡視路に入り削平地を抜け、緩やかな登り下りの巡視路を行くと送電線鉄塔「溝口線ニ〇」に着いた。周囲の展望はよいのだが、尾根の上とはいえ周囲より低く隣の送電線鉄塔まで見えるだけだ。次のは以外に近くに見えているが大きく回らなければならない。

尾根の上にある「溝口線ニ〇」

この送電線鉄塔の先は当然ながら道は無いが、下草もなくあまり生えてなく「木馬道」まで下れそうな気がする。しかし今日は送電線鉄塔巡り、後ろ髪を引かれながら引き返すことにする。


「溝口線ニ一」送電線鉄塔

13:08
姫路市と夢前町と香寺町の三町界ピークから東へ「須加院別れ」と呼ばれる峠へ下る途中にも、送電線巡視路の入口がある。

南へ下る尾根には、これもまた歩きやすい送電線巡視路が続き、5分も歩くと「溝口線ニ一」に到着。ここも何も書くことのない耐張鉄塔で、周囲は見えず鉄塔から下へは行けそうもない。

「溝口線ニ一」送電線鉄塔


「溝口線ニニ」送電線鉄塔

13:25
「須加院別れ」の峠から、「火の用心」標識以外に案内がない西方向へ登っていく。ここから北に下れば「奥須加院の池」から奥須加院へと行け、南に下ると谷道だが明るい緩やかな「木馬道」から「そうめん滝キャンプ場」へと抜けられる。

「須加院別れ」を西へ

西へは、これまた歩きやすい送電線巡視路が続き、300mほどのピーク南側の岩ガケ印を巻くように通されている。

「溝口線ニニ」へ

13:39
尾根の上に立つ「溝口線ニニ」送電線鉄塔に到着。曇ってきた天気も、再び青空が見えてきて回復してきた。東の295.4m三角点方向は道は無いが歩けそうな感じで、これも次回の課題にしておこう。

北東側が切れ落ち眺望があってもよさそうだが、周囲の木々のため展望なし。これでようやく10本目の送電線鉄塔まで辿りつき、あと2・3本で香寺町に下りられそうだ。時間がだいぶ遅くなったが5分ほど休憩しサンドイッチを一つ食べる(すでにコンビにおにぎり2個を歩きながら食べている)。


分岐がある「溝口線ニ三」送電線鉄塔

13:49
ニニ番から北西に300mほどのピークを乗り越えると、すぐに右手に分岐があり、その先に地形図でも分るように送電線が分岐する鉄塔がある。初めの緩やかな部分にはプラ階段があるが、すぐに激下りになり滑りやすい落ち葉も加勢し写真を撮るどころの騒ぎではなくなり、必死に下る。次の鉄塔に行くには、またこの激下りを登り返さなければならないことを思うと心が沈んでくる。

「溝口線ニ三」へ

13:57
鉄塔の手前からは香寺町の展望が広がている。しかし鉄塔まで下りてしまうと木々に遮られてしまう。この鉄塔には架空地線の謎のコイルはあるし、太陽電池パネルは付いているし、送電線は分岐しているし見所満載の送電線鉄塔だ。分岐している送電線の名前は過去に調べたことがあり「豊富支線」という。

しかしいくら観察しても太陽電池が何の電源に使われているか分らない。中腹にある鉄塔なので航空障害灯は必要ないだろうしなんなんだろうか。

送電線の分岐の様子

太陽電池パネルが付いている

14:16
この送電線鉄塔から北東方向を観察すると、尾根に切り開きがあるように見え、最後は谷を下り須加院へ下れそうな雰囲気があるがこれも次の課題に残しておく。


「溝口線ニ四」送電線鉄塔

14:16
下り難かった急坂は、登りはさらに登り難く、それでも10分ほどで登り返すことが出来た。

14:24
快適な尾根の送電線巡視路を下っていくと、土が露出し北側の展望が広がる地点に出た。

北西にはエメラルドグリーンの奥須加院の池が見えたりと景色はよいのだが、肝心の道が忽然と消えてしまった。次の送電線鉄塔がある北東方向は平らな岩と若いマツが植えられていて道はない。周辺をウロウロするも北側は大岩の絶壁で道を探るにも回りこめない。

5分ほど道を探すが分らない。仕方なく北東方向の平らな岩とマツ林を下るとその下から道が現れ一安心。

14:39
左右に分かれた道の右に行くと、すぐに「溝口線ニ四」送電線鉄塔に着いた。木々のため、それほどの展望は無いが、枝越しに前後の鉄塔や東に向う「豊富支線」の鉄塔も見える。

「溝口線ニ四」送電線鉄塔


最後は「溝口線ニ五」送電線鉄塔

14:51
本日最後の「溝口線ニ五」送電線鉄塔は送電線巡視路の真上に立ち、特徴のない平凡なものだった。

「溝口線ニ五」送電線鉄塔へ

木の枝の隙間から次の送電線鉄塔が下界の車道の北側に見え、この鉄塔が広峰山の中では最北の鉄塔であることが確認できた。

14:58
プラ階段も現れる送電線巡視路を下っていくと、建設中の大きな砂防ダムが現れた。巡視路はその北西の端を通っていて小さな橋も架けられている。下のとは別角度の写真を精査したら砂防ダムの反対側にも巡視路橋が架かっているのが写っていて、豊富支線の鉄塔に行けるのだろうか。


建設中の砂防ダム
砂防ダムの端に巡視路橋が架かっている

工事が終わるとどうなるか分らないが、送電線巡視路の入口は砂防ダム工事現場の入口右手にある。この砂防ダムの入口は「須加院公会堂」の横で「香寺町コミュニティバス」バス停(運行は火・木・土の週3日)もある。


砂防 工事中
 工 事 名  (砂)森谷川通常砂防工事
 区  間  神崎郡香寺町須加院
 期  間  平成16年9月23日〜平成17年3月25日

 花と緑あふれる美しい県土をつくりましょう

 施  行  エイ・エム・テック
中播磨県民局福崎土木事務所


この谷を流れている川は「森谷川」というんだ

15:44
須加院川沿いの道を東に歩いていき、もう少しで国道に出るところで姫路駅前行きの神姫バスが無常にも走り過ぎ、続けて播但線の姫路駅行きも走り過ぎてしまった。くそったれ。

15:45
国道の須加院口バス停に着いた。しかしバスは1時間に1本しかなく、次は49分後。確か南の仁豊野バス停は別の系統も通るはず。

15:50
仁豊野バス停に到着。1時間に3本もあり、次の姫路駅前行きは6分後。山登りも経験がものを言うが、バス乗りにも経験が必要なようだ。



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