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姫路市低山巡り(八丈岩山・新在家山・御立前山)



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平成17年4月24日(日)  メンバー 私だけ

八丈岩山 はちじょうがんざん 172.9m
新在家山 しんざいけやま 132m
御立前山 みたちまえやま 66.6m

2万5千分の1地形図「姫路北部」を参照すること。


飽きもせずに姫路市低山巡り

今回の低山巡りは姫路市の名峰「八丈岩山」と、知らない人は知らない「新在家山」、「御立前山」の三山だ。「八丈岩山」はWEBに山行記録がたくさんあるが、「新在家山」と「御立前山」に登ったという記録を見出すことができなかった。

「八丈岩山」は地形図にも山名が記載された172.9m三角点のある山で、播磨国風土記では「因達神山《いだてのかみやま》」と呼ばれている。

「新在家山」は「八丈岩山」北東の132m標高点がある山で送電線が通っている。姫路市公式HPに『山名(新在家山)・所在地(新在家)・標高(132.0m)』が記載され、姫路市の山々を紹介している「まめのこずい」八丈岩山登山道地図に山の位置が記載されているだけで、それ以外の情報を見出すことだすことはできなかった。

「御立前山」は御立中一丁目の66.6m三角点がある山で、播磨国風土記では「大立丘《おおたちのおか》」と呼ばれ応神天皇がこの丘に立って国見をしたところだという。私が生まれる前のことで、風土記も読んだことも見たことないので詳細は知らない。


八丈岩山

姫路城大手門前から西へ約1.5km、名古山トンネルからの道を北へ進む。ハイキングやキャンプ用品専門店「アドスポーツ」を左に見ながら進み、突き当りを右に、すぐに左に入り釣鐘型の小さなため池の東脇のゆるい坂道を北へ進む。

10:51
「西新在家三丁目17」の住居表示とカーブミラーがある右カーブ地点に、「八丈岩山登山口」の木柱が立っている。八丈岩山の登山口は、「まめのこずい」によると、ここを含めて8ケ所もある。

「八丈岩山」西新在家三丁目登山口

登山口に「火の用心」と「山火事注意 姫路市消防署」の表示板があるが、吊り下げている針金が幹に食い込み痛々しい。登山道は狭く、中盤まではそれなりに急で、周囲は雑木が茂り見通しは悪く、住宅地の散歩モードから一挙に登山モードに切り替わる。

急坂にはステップが切ってあり登りやすくなっている。盛りを過ぎたがピンク色の「コバノミツバツツジ」が咲き誇り、朱色の「ヤマツツジ」がちらほらと咲き始めている。4月上旬ぐらいが今年の「コバノミツバツツジ」の見頃だったのだろうか。

コバノミツバツツジが咲く「八丈岩山」登山道

盛りを過ぎた「コバノミツバツツジ」

これからが見頃の「ヤマツツジ」

11:21
普通の人なら10分ほどで登れるようだが、自分撮り7回を含め写真を50枚ほど撮りながら登ったら30分かかってしまった。頂上には山の名前の由来となった広さ8畳ほどの平たい岩場があり、木々に少々遮られているが南側の眺望が広がり、姫路市街地・姫路城、東西の山々、播磨灘に浮かぶ家島が見えている。

岩場には「高岡神社舊蹟 天長三丙午九月影向」と刻まれた石碑が立っている。天長3年は千年以上前の平安時代だが、この石碑はそんなに古いとは思えない。

「八丈岩山」頂上の岩場

岩場近くの172.9m四等三角点標石(点名:八丈岩山)の横には、コンクリートの台座の上に小さな祠が祀られている。三角点標石は四隅が欠け、上面の+印も削られて不鮮明になっている。故意になされた感じがするが、三角点標石の破片を煎じて飲むと万病に聞くという話は聞いたことはない。学業のお守りにするなら書写の「天神山」164.4m三角点標石の方が向いていると思う。

姫路では有名な山なのに、頂上に付きものの山名板や登頂記念プレート・マーキングは見当たらない。

四隅・上面が欠けた三角点標石

11:33
下山は北西の貯水タンクがある尾根ではなく、ほぼ真北へ下る尾根にする。緩やかな尾根には、コバノミツバツツジが咲き広い快適な道が続く。

コバノミツバツツジが咲く広い尾根道

11:35
道が二つに分かれている。左は貯水タンクへの広い道、右が北の尾根へ続く少し狭い道だ。

11:41
左後ろへ分岐して行く道があり、貯水タンクへの道へと続いているのだろう。道の両側にはコバノミツバツツジが咲き目を楽しませてくれる。

11:49
二手に分かれた左の狭い道を行くと、送電線鉄塔「溝口線 四」が立っている。

11:53
次は「姫路支線 三一」鉄塔を通過。急坂には落ち葉が積もり、あまり歩く人がいないようだ。

11:59
尾根に挟まれた住宅地脇の高い擁壁の上に出た。フェンスを越えても安全に下の道路まで下りられそうもない。金網のフェンス沿いに南へ踏み跡が続いている。

12:01
擁壁の上を歩いていくと、次第に下の道との差が少なくなってきてようやく下りることができた。

「八丈岩山」の東鉄塔尾根の登山口


新在家山

八丈岩山を下山して「新在家山」との間のバス通りに出ると、正面は住宅地を造成した後の高いコンクリート崖になっている。とても登れそうにない。南にバス通りの坂道を登りながら登山口を探す。

12:13
「北新在家二丁目20」の住居表示がある、「コムハウス」の看板の北側に登れそうなところがあった。バス通りの峠に当たるところで、低い石垣の上になぜか芝生が植えられている。

「新在家山」北新在家二丁目登山口

登ってみると、明確な道が頂上へ真っ直ぐに続いて、「火の用心」の関西電力送電線巡視路標識も現れた。最初は砂の浮いた急な道だがすぐに緩やかになる。人が頻繁に通るはずもないのに非常によい道だ。

快適な「新在家山」登山道

12:20
送電線鉄塔が建つ「新在家山」頂上に到着。残念ながら「溝口線 五」送電線鉄塔はしっかりとフェンスに囲まれていて、頂上を踏むことができない。なおこの送電線鉄塔は私が大好きな分岐鉄塔で、西からの送電線が北東と南東へ分岐している。

頂上を踏むことができない

見上げると送電線が分岐している

この頂上にも山名板や登頂記念プレートは1枚もなく展望もない。登山道にも「火の用心」巡視路標識だけでマーキングの類は全くなかった。フェンスの周りを巡ると、南東と北方向に道が続いている。下山は山の中をより多く歩けそうな北に行くことにする。

12:33
下山開始。

12:40
南北の尾根を行くそれなりの道から、いきなり急になった道を下ると「溝口線 六」送電線鉄塔に着いた。鉄塔の番号板を見ようと見上げるがどこにも付いてない。不思議な鉄塔だなと一週して目の前を見ると番号板が付いていた。こんな低い位置についているのは初めてだ。

目の前の鉄塔番号札

12:48
鉄塔から下は草が茂り道がはっきりしないが、急坂を下ると、花の大きさが数ミリしかない「スミレ」が群生している。WEBで調べるとタチツボスミレ類の「ニョイスミレ」というものらしい。

ニョイスミレ??

12:54
3分ほどスミレの写真を撮ってから下ると、すぐに道に出た。送電線の真下の二つあるため池の間で、「火の用心」標識もあり分かりやすいだろう。

「新在家山」北東登山口


御立前山

13:40
「御立前山」東側のX字型交差点に真新しい地蔵堂が建っていて、一休みさせてもらう。竣工石碑によると今年の3月に建ち、名前を「前山地蔵尊」という。

13:42
X字型交差点を北西に行くと姫路市バスの「御立南口」停留所があり、「厚生年金姫路鷺山荘」の閉鎖された入口の横に、車止めがある登り口がある。適当な登山道が見つからなかったので、この舗装された小道を登ることにする。

「御立前山」登山口

13:45
舗装され緩やかに付けられた道を1分も登ると桜の木に囲まれた芝生広場に出る。広々とした広場の周囲に、古いベンチが数台あるだけで照明もなく、夜空を見るのには最適かもしれないが変なところだ。

「御立前山」芝生広場

芝生広場南の一段高いところが御立前山の頂上で「NHK姫路御立テレビ中継放送所」、カラフルに塗られた東屋・シーソ・滑り台・ブランコ、古い「紀念碑」・「記念岩欄記」がまとまっていて、四等三角点標石(点名:前山)はその裏手にある。この山にも山名板・登頂記念プレート・マーキングの類は全くないが、たくさんのゴミが撒き散らされている。なお周囲を木々に囲まれ展望は悪い。

芝生広場に戻り昼食をとる。

「御立前山」頂上

14:16
頂上のブランコ遊具西側から擬木階段道が下っている。両側にはモチツツジがたくさん茂っているが、花が咲いているのは一番上の1本だけだ。

咲き始めの「モチツツジ」

階段道を下る

14:20
階段道は「厚生年金姫路鷺山荘」(有料老人ホーム)前道路の一番奥に降りる。

老人ホーム「鷺山荘」だが、3階建てでまだ新しそうだが、なぜか完全に閉鎖されている。高圧受電引き込みの6600V区分開閉器は投入されたままで、セコムの機械警備も生きているだろう。侵入された跡はないが、このまま放置していると姫路の心霊・廃墟スポット巡礼に載る日も近いかもしれない。

「御立前山」南麓の「厚生年金姫路鷺山荘」



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