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炭ケ谷・石南花山から二十渉へ



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平成17年12月10日(土)  メンバー 私だけ

上谷上バス停〜炭ケ谷〜石南花山〜黄蓮谷〜トエンティクロス〜布引貯水池〜新神戸駅

2万5千分の1地形図「神戸主部」「有馬」を参照すること


上谷上バス停から炭ケ谷登山口へ

兵庫県北部の山々は雪の季節になり真っ白になっているが、今日も私は六甲に登ってきた。

9:24
JR三宮駅前発の有馬温泉行き神姫バスは、定刻通りに上谷上バス停に到着。公共交通機関の中では、石南花(しゃくなげ)山への登山道がある炭ケ谷の一番近くまで行けるが、これより早いバスはないし、本数も少ない。新神戸駅から一駅の谷上駅からは1kmしかなく、歩いても知れているし、鉄道の方が便利なのは間違いない。

料金はバスなら三宮駅前から谷上まで510円、上谷上なら560円。神戸市営地下鉄・北神急行では三宮から谷上まで520円。微妙な料金差だが、神姫バスの通勤定期を持っていて、圧倒的な割引率(今回も驚きの82%引き)を誇る環境定期制度を利用できるので、この路線の神姫バス便を使わない手はない。

有馬温泉へと走り去る神姫バス

谷上駅の東で、神鉄の線路は有馬街道を鉄橋で跨いでいる。そこから更に東へ緩やかな坂道を登ると、下の写真のような有馬街道南側の新興住宅地へ登る階段がある。

奥に見える緑色のが神鉄の鉄橋

9:30
階段を登ると「介護付有料老人ホーム入居者募集中 ハーモニアス谷上」の横断幕が張られた3階建ての建物がある。そのすぐ西に下の写真の階段がある。階段を登って行くと、石垣とフェンスの奥に「ハイキング道→」の案内板がある。フェンスから鎖が下がり「おっ、いきなりの鎖場か」と鎖を握り石垣をよじ登ろうとするが「ん、この鎖はプラスチックじゃないか」。

階段を登ると

鎖が下がっている

「単独登山者は危険な行為をしてはならない」をモットーとする私は、階段を下り、フェンスの向こう側の通路に入る。

バスを降りてから10分もかからずに、こんなにも簡単に、迷うこともなく登山口を見出すことができたのが信じられない。嬉しくなって写真を4枚も使ってしまったが、この山行記録を見た人も簡単に登山口を見つけ、小さな幸せを感じてほしい。


炭ケ谷を登る

9:43
登山口で公共交通機関乗車モードからハイキングモードに服装・装備を整える。両側に「ため池で遊ぶのはやめましょう」看板のある、落葉の積もったしっかりした道を行くと、今日初めての公設の案内柱が立っている。この先にもたくさんの、有り余るほどの案内板、案内柱があり迷ううことはない。

←花山駅(神戸電鉄)  炭ケ谷・シェール道・桜谷道を経て摩耶山→

今日初めての案内柱だ

9:48
炭ケ谷への道は車道を渡り、阪神高速北神戸線をくぐり抜ける。

北神戸線をくぐる

9:51
北神戸線をくぐり抜けた先で、谷は狭まりいい雰囲気になってくる。しかしなぜか案内板は、谷沿いの歩きやすい道から離れて、左岸側の斜面を登るように指示している。ここで初めて現われた「火の用心NHK→」表示板も同じだ。おそらくこの先にあるだろう砂防ダムを越えるためだろう。

谷沿いの道から離れる

予想通り砂防ダムが連続して設けられていて、登山道は左岸側斜面を高巻いて付けられている。通る人は少ないようだが、砂防ダム・NHK中継施設・関西電力送電線の点検道路を兼ねているようで、状態は非常によい。

下の谷にも道がありそうだ

「炭ケ谷第二(副)砂防ダム」横を行く

10:10
緩やかな登りが続き、流れのない谷を右岸側へと渡る。右岸側には上流、下流側両方向に道が延びている。下流側への道は「火の用心」標識があり関西電力送電線巡視路になっている。公設の案内柱の、その方向の表示は7文字分削り取られているが「神戸電鉄花山駅」と読み取れる。おそらく阪神高速北神戸線によって道が遮られてしまったのだろう。

←神戸電鉄花山駅・谷上駅  石南花山・摩耶山→
(炭が谷道)

谷を右岸へ渡る

谷近くのスギの植林地を行く

しばらくはスギが植林された谷沿いを行くが、いきなり九十九な道で右岸斜面を登っていく。砂防ダムはもう現われないが、地形図を見るとこの先の谷筋は急になっていて、谷沿いに道を通すことができなかったためだろう。

10:27
炭焼窯跡が道端にある。大きさは1.5mほどで小さなものだ。播州の山だと、炭焼窯跡までは炭を運び出すための明確な杣道があるが、その上には道がなくなるか、あっても獣道のようなものになるのが普通だ。そんなわけで、山登りで炭焼窯はあまり見たくないものの一つだが、ここでは、上にも同じような道が続いていて一安心。

炭焼窯跡

炭窯(すみがま)

薪を窯の中に詰め込んで点火し、一部の空気穴(通風・煙出し)を残して密閉、炭化させて炭を作ります。炭焼には豊富な経験と技術が必要で、窯づくりの良否や火加減などにより炭の質は大きく変わります。窯づくりで数日〜1・2ケ月、炭づくりで5日程かかったそうで、作業は主に農閑期の冬に行われたようです。
日本人は約一万四千年前の石器時代から炭を製造・利用してきたと言われます。以後、文化の発展に伴い、金属加工用から無煙燃料としての暖房用・炊事用へと一般に普及し、更に茶の湯の世界で芸術品の炭も作られ、世界最高品質の木炭生産国となりました。「日本書紀」や「枕草子」などの書物にも登場し、大仏や日本刀の製造、花火の材料など、木炭は日本文化と深く関わってきました。

神戸市

10:44
ロープが谷側に張られている。そのロープが途切れると道も消えてしまう。対岸側へ道が続いている気配はなく、流れがなくなった湿った谷に、薄っすらと踏み跡が続いている。

ここからは谷底を行く

谷を詰めていくと、最後はとんでもない急斜面が待ち構えていそうなものだが、ここは最後まで緩やかだ。5分ほどV字型の見通しが利かない谷底を行く。先に何が待っているか見えないのが、面白い。

谷底を行く その1

谷底を行く その2

10:51
少しだけ急になったが、まだまだ緩やかな谷に石段の道が現われた。石はモルタルで固められていて、これだけの材料を運び込むための林道が、近くにありそうな予感がする。石の階段は、足場板に踏み段を付けたものに変わり、最後まで急斜面にぶつかることもなく炭ケ谷は終わった。

石段の道から

足場板の道に変わり谷は終わる


石南花山と展望台

10:58
炭ケ谷を登りつめ、交差点に突き当たった。

←まむし谷・シェール道・摩耶山方面  神戸電鉄花山駅・谷上駅(炭が谷道)→
←烏帽子(エボシ)岩(行き止まり)  双子山(熟練者向き)→

案内地図があり、それでは案内柱通りに十字路になっているが、実際は3本の同じような太さの道のT字路に、「火の用心NHK」表示がある細い道があり、カタカナの「オ」の形になっている。おまけに正面には薄っすらとだが、ミヤコザサを掻き分けて進んだ跡もある。

結局、炭ケ谷から登ってきたら左へ行けばよいのだが、案内柱・案内図と実際の道には大きな違いがあり、正面のミヤコザサの踏み跡へ入りたくなる人もいることだろう。

右:炭ケ谷、奥:烏帽子岩
手前:摩耶山方向のハイキング道

とりあえず烏帽子岩へと右の道へと進む。広かった道はすぐに狭まり、ミヤコザサを掻き分けて進むところもある。烏帽子岩に着くまでに左側への分岐道が2本あるが、真っ直ぐ進めばよい。

こんなササ藪もある烏帽子岩への道

11:08
案内板はないが烏帽子岩と思われる岩に着いた。上から見れば変哲もないただの岩場だが、下から見ると確かに烏帽子岩だ。オの字交差点の公設案内柱では「行き止まり」になっていたが、踏み跡はさらに下へと続き赤テープのマーキングもある。踏み跡を辿ると、おそらく麓まで下るのだろう。

下から見た烏帽子岩

11:16
オの字交差点まで引き返し、摩耶山方向のハイキング道を1分も行くと、林道に出てしまった。炭ケ谷道の最後の階段道の様子から、近くに林道があると予想していたが、本当に林道があり自分でも驚いてしまった。

←かわうそ池・まむし谷  石南花山→

林道に出てしまった(奥が石南花山方向)

林道を石南花山方向へ歩いていくと、道端に雪がわずかに溶けずに残っている。7日前の日曜日に降った雪なのだろう。

林道を行く

今年の初雪かな

11:28
林道から遠からずのところに二等三角点標石(点名:上谷上)があるはずで、目印はないかと探しながら歩いてきたのだが、2階建ての立派な展望台に着いてしまった。この展望台に着いたことで石南花山登頂完了としてもよいと思うのだが、六甲山に登り始めてから三角点標石を見逃すことが多く、今回は必ず見つけようと決意する。

引き返して思い当たる踏み跡を辿り探すこと20分、ようやく三角点標石を見つけることができた。結局、林道から1分ほどで三角点まで行けて、その踏み跡への入口には驚くほどたくさんの目印が付けられている。しかし、林道にはそのところだけ水溜りがあり、足元ばかりに目がいき目印に気が付かなかった。

11:52
二等三角点標石(点名:上谷上)に着いた。ここが石南花山の頂上だろう。残念ながら木々に囲まれ展望はなく、わざわざ探してまで来ることもない所だった。

三角点はどこかな

三角点を見つけたが展望はない

ここには登頂記念プレートが4枚半ほど下がっている。

  1. 三重・津・山ねずみ 99年5月9日
  2. 石南花山 JH3JFF 山ラン 99.8.21
  3. 652M 石南花山 JL3VOG
  4. 隆夫、秀子 石南花山 2005年5月22日
  5. やまびこ会……(破損してて読めない)

12:00
本日二度目の石南花山展望台に到着。ここまで誰にも会わず、この展望台にも誰もいない。螺旋階段を2階に上ると、左から右へ摩耶山・再度山・鍋蓋山・高取山・菊水山が見え、正面には黒岩尾根がどっしりと腰を据えている。

2階建ての立派な展望台だ

摩耶山から菊水山まで見える

車でここまで登ってくることを前提にして、この展望台を作ったのだろう。しかし今の林道に轍はないが、展望台前には防火水槽の採水口があり、「防火水そう 駐車禁止 ←10M→」の交通標識が立っている。かつては車でも登れて大勢の人で賑わっていたこともあったのだろう。展望台広場の隅に小さな真っ赤な実をつけた木があり、ウメモドキのようだ。

展望台広場の交通標識

ウメモドキの実?

黄蓮谷を下りトエンティクロスへ

12:06
ハイキング道は石南花山展望台から緩やかに西へ、山の中に開かれた広大な住宅地へと下っていくような感じで始まる。が、すぐに急な階段道になり南へと下っていく。

西の住宅地に下るかの様に見えるが

南へと急な階段道を下る

12:17
道は緩くなり、緑に塗られた鋼管製2回線耐張送電線鉄塔「六甲線 二一」の真下を通り抜ける。

緑色の送電線鉄塔の下を行く

12:20
送電線鉄塔の下で道が三方へ分かれている。狭い送電線巡視路は無視するとして、残るは、ほぼ真っ直ぐに行く水平道と、左手へ下る道だ。公設の案内柱はないが、左手へ下る道が丸太階段道になっていて、ここまでのハイキング道の特徴と一致している。

12:29
丸太階段道はボブスレーコースのようなえぐれた坂道になり、ほどなく西六甲ドライブウェイを横切る。道の向かいには「黄蓮谷入口」の表示がある。

ドライブウェイを渡り黄蓮谷へ

車道を渡ったら谷に下っていくと思いきや、なぜか緩い階段道を登り、その先は植林と雑木が混じる尾根を行く。ここを黄蓮尾根と呼ぶかは知らないが、そう呼ぶ人が何人かはいそうだ。

ここは黄蓮尾根か

12:39
暗い尾根歩きから、一気に急な階段道を下り始める。下ること7分(写真撮影及び休憩その他もろもろの時間を含む)で、黄蓮谷に下りつく。

九十九な階段道を下る

すぐに黄蓮谷の左岸へ渡る

12:48
左岸へと飛石を渡り2分も行くと、今度は右岸へと戻る。昔の頻繁に渡渉を繰り返す、トエンティクロスを髣髴させるような出だしだが、残念ながらこの黄蓮谷にも砂防ダムが設けられていて、すぐに谷を高巻く道になってしまう。

木橋を渡り左岸へ

こんな感じの道が続く

12:55
木橋で左岸へ渡り2分も進むと、「かわうそ池・シェール道(森林管理道)」への道が左手へ分岐していくが、ミヤコザサの茂みへ入っていく獣道のような道だ。

12:57
「布引谷出合」に着いた。ここで黄蓮谷は終わりトエンティクロスへ向かう徳川道になる。広く歩きやすい登山道を「大名道」と呼ぶことがあるが、この徳川道はまさに「大名道」だ。

黄蓮谷から徳川道に出る

ここまで誰一人にも会わなかったが、徳川道に出たとたんに4人のハイカーに出会い、その後は常に前後にハイカーの姿を見るか、気配を感じながらの山歩きとなった。六甲山で、人気のある道とない道の差がこれほどまで大きいとは思っていなかった。

今日初めて出会ったハイカー


トエンティクロスはどこだ

13:10
森林植物園東側で、“又ケ谷から北の谷上駅へ下る山田道”への分岐点に着いた。ここからいよいよ待望の南へ下るトエンティクロスが始まる。

いよいよトエンティクロスだ

13:11
第一渉は木橋だ。飛石で渡るものとばかり思っていたが、橋もあるんだ。しかしこの橋はクロスの数に入れるのは無理だ。

第一渉?は木橋を渡る

13:13
神戸市立森林植物園の東門に着いた。植物園へは飛石を渡って入るが、トエンティクロスをさらに南下するためには、戻らなくてはならない。従って、ここのも行きと戻りで+1-1=0になり、クロスの数に入れることはできない。また植物園はこの東門から入ると無料になると思っている人もいるようだが、正門まで行かずに引き返すと確かに料金を支払うすべはないが、無料ではない。

ここから有料区域になります。
恐れ入りますが、この先の正門(料金所)料金お支払い下さい。
(大人300円)(小人150円)
なお、年間パスポートも販売しております。
四季トリコロールカード(年間パスポート代金)
(大人900円子供450円)

植物園への飛石を戻る

徳川道の飛石渡し

徳川道の川を渡る場所には橋が架けられたり、飛石渡しの石が置かれていました。「飛石渡し」というのは、川の中に大きな石を数個平らな面を上に向けて置き並べ、その上を渡るようにしたもので、現在この川に置かれている一列に並んだ石と同様のものと思われます。
工事関係の古文書によると、置かれた石の大きさは長さ2尺から3尺(約60〜90cm)、幅1尺から2尺(約45cm〜60cm)でした。杣谷の登り口からここまでの間に19か所の飛石渡しがあり、1か所には平均して4個の大石がが置かれたそうです。

神戸市

13:24
砂防工事なのか、道の横の工事現場にショベルカーが持ち込まれている。どうやってここまで運び込んだのか不思議だ。自走できるほどの道幅はないし、資材運搬用の索道が上空を通っているが、ショベルカーを吊り下げられるとはとても思えない。

13:30
道が登りになり、昭和26年に完成した高さ20mの「二十渉堰堤」の横を行く。堰堤が出来たため、谷沿いを行く道のルートが変わり渡渉ポイントがなくなったのだろう。

急な階段道を下ると

2段の二十渉堰堤の下に出る

13:39
ようやくトエンティクロスの最初の第1渉の飛石を渡る。水量が少なく、普通の石の上を歩いているのと変わりなく、面白みに欠けるが、とにかく第1渉目だ。

第1渉

13:42
第2渉目は川幅もあり雰囲気がよい。

13:44
連続して第3渉目。2渉目と似ているが、もう少し水量が多ければ言うことはないのだが。

第2渉

第3渉

13:50
索道基地を過ぎると高さ19mの昭和44年に完成した「高雄山砂防ダム」だ。砂防ダムの下流側は、また非常にきつい下りになっている。

13:54
第4渉目。これだけで渡渉ポイントは終りだ。トエンティクロスならぬ、フォークロスで不当表示防止法で訴えられないのが不思議なくらいだ。

第4渉

13:57
左岸を行く道を歩いていくと、トンネルの坑口が開いている。入口だけはコンクリート巻き、で中は岩盤が露出している。ヘッドランプはザックの中に入れているが、予備知識もなしに中に入って行くのはためらわれ、入口から覗くだけにした。帰ってからウェブで調べてみたたが、このトンネルに言及した山行記録を見出すことができず、謎のトンネルだ。

謎のトンネル

謎のトンネル近くにあったツリバナ

14:04
黒岩尾根への分岐点通過。

14:06
地獄谷への分岐点通過。

14:09
天狗道への分岐点通過。ここから摩耶山へ登ったことがある。

もうすぐ市ケ原だ

市ケ原からは新神戸駅へと下った。その間の記録は逆行だが摩耶山(天狗道・旧摩耶道)に述べている。なお、「櫻茶屋」と「雄滝茶屋」は営業していて、「曙茶屋」と「紅葉茶屋」は閉まっていた。

布引貯水池の案内放送を録音したので、書き起こしてみた。

案内放送起動スイッチ

布引貯水池の案内放送

こんにちは。皆様の前に広がるこの布引貯水池とダムは、明治26年にイギリス人ウィリアム・バルトンが今の中央区に水道を作る計画をしたとき、水源とするため設計されたものです。その後、日本人佐野藤次郎が変更をくわえ、明治33年に完成しました。
ダムは正式には五本松堰堤といい、日本で初めての重力式コンクリートダムで、国の登録有形文化財に指定されています。ダムの高さは33.33m、長さは110.3m、ダムの一番上の幅は3.64mあり、表面はきれいに石張りがなされています。
神戸市の水道が給水を開始した明治33年から、ずっと使われてきましたが、今後も安定的に給水するため、平成13年から16年にかけて耐震補強工事を行いました。工事ではダム上流面に3300立方メートルのコンクリートを打ち足して、地震に対する安定性を高めると共に、いにしえの姿を損なわないよう、旧表面と同じように石貼りを行いました。また約百年間で堆積した土砂、約20万立方メートルを取り除いて、貯められる水の量を増やし、地震や渇水の備えを高めました。
この布引貯水池に流れてくる水は布引谷川の水で、貯水量は60万立法メートル。市役所1号館を升にしておよそ3杯に相当します。貯水池の周りはおよそ2キロメートル、満水時の面積は51300平方メートル、一番深いところは約30メートルあります。
水源に恵まれない神戸市民にとって、近くの千刈貯水池、兵庫区の烏原貯水池と共に、貴重な自己水源の一つとなっています。このきれいな水をたたえた貯水池を汚さないように、皆様も協力して下さい。

布引の滝の水量は岩肌をわずかに伝うほどで、皆様がっかりの様子。

遠来の観光客も
がっかりの布引の滝

15:12
新神戸駅に下山。



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