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銀の馬車道縦走ウォーク 二日目 非公式写真集



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平成22年9月26日(日)  メンバー 85人+スタッフ多数

JR播但線福崎駅〜福崎町〜姫路市〜大手前公園〜飾磨津(港)

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銀の馬車道縦走ウォーク

 「銀の馬車道」とは、明治元年(1868年)に日本初の官営となった生野鉱山へ、採鉱・精錬用の資機材を効率的に運び入れるために作られた全長49kmの馬車専用道路で、本来の名前は「生野鉱山道」または「生野鉱山寮馬車道」といい、明治9年(1878年)に竣工している。

 運び込まれた精錬用燃料は石炭で、その当時に日本に炭鉱があったのか調べてみたら福岡県・熊本県の三井三池炭鉱は江戸時代から採炭され、明治4年(1873年)には官営化されている。まだ鉄道はなく海運により姫路の飾磨津(港)の「飾磨津物揚場」まで運ばれ、そして生野までは「銀の馬車道」により運ばれた。

 精錬された銀も生野から姫路へ運ばれもしたが、「銀の馬車道」というよりは「石炭の馬車道」と呼ぶほうが絶対に正しいと私は思うが、兵庫県中播磨県民局により中播磨の南北交流のシンボルとして「銀の馬車道」と名付けられ、いろいろなイベントが行われてきた。今回は初の「銀の馬車道縦走ウォーク」として2日間で生野〜市川、福崎〜姫路の55kmを歩き通すものだ。


銀の馬車道縦走ウォーク 二日目 非公式写真集写真集

 「銀の馬車道縦走ウォーク」二日目は、福崎町エルデホールから姫路市大手前公園までの25kmを85名の参加者がスタッフと共に歩き、大手前公園から飾磨津(港)までの+5kmは希望者のみのオプションだが、果たして今日の30km、昨日からしたら55kmを私は歩き通せるのだろうか。

7:49 姫路駅7時58分発、福崎駅8時25分着の
「銀の馬車道ラッピング電車」、通称「銀馬車2号」

8:26 福崎駅に到着し集合場所の福崎エルデホールへ
スタッフの誘導で向かう。

8:28 おはようございます エルデホールはこっちですよ。

8:31 集合場所の福崎町文化センター(エルデホール)に到着。
エルデとはドイツ語で“大地”“地球”という意味で、
ホールは“穴”、つまり「地球の穴」ということになる??なんか違うような。

8:32 我々を歓迎するのは福崎町のマスコットキャラクターの
フクちゃん(右)とサキちゃん(左)で二人合わせてフクサキ。
民俗学者柳田國男はここ福崎町が生誕地で、
河童を題材にした遠野物語で知られている。それで河童。
サキちゃんが頭に載せているのは福崎町の特産品「もち麦」パスタ。

8:35 受付で金券500円分と、太っ腹な福崎町から
「もち麦煎餅」(12枚入り500円)を頂く。
この縦走ウォークの参加費用は二日分で1,600円だが
お接待で完全に元が取れたな。

8:48 福崎町主催の縦走ウォーク出発式は力がみなぎっている。
まずは結成20周年を迎えた福崎太鼓の力強い演奏。

8:51 力強い演奏はさらに続く。

8:58 そしてなんと福崎町町長嶋田正義氏による歓迎の挨拶。

9:08 出発の合図は「ほら貝」だ。ブォー♪ブォオォー♪

9:12 連日参加組みを第1班、
今日だけ組を第2班としてエルデホールを出発。
まずは市川右岸を北へ進み、上流に見えている月見橋を渡る。

9:17 本日はお日柄もよろしく、ウォーキング日和かと思われますが
強い直射日光と気温の上昇が体力を消耗しますので注意が必要だ。
写真は月見橋を渡る先頭集団。

9:19 国道312号線に出て南下。

9:24 井口交差点の大分手前で左折。
正面は配水池(タンク)のある辻川山。

9:27 辻川山の山裾を時計回りに。

9:28 稲刈りを終えた田畑の間を進む第2班。
ブォー♪ブォオォー♪とまだ聞こえてくる。

9:32 鈴が森神社から柳田國男生家を通って行くかと予想していたが
真っ直ぐに駐車場へ。

9:35 そのまま「もちむぎのやかた」へ行くのかと思えば
表通り(銀の馬車道)をぐるりと回り大庄屋三木家住宅前を通り
「もちむぎのやかた」へと向かう。

9:37 遠回りして「もちむぎのやかた」に到着。

9:45 ここで500円金券を使えるので皆様品定め中。
「銀の馬車道御膳」を食べられるレストランの開店は11時だ。

9:47 ほら貝おじさんたちも一緒に着いてきたが
ここでお別れだ。ブォー♪ブォオォー♪

9:49 さあ姫路を飾磨津(港)を目指し出発だ。

9:51 岩尾川に架かる「巌橋」を渡る。

9:52 福崎東交番から真っ直ぐで田尻交差点なのだが
交通量が多く歩道もないので左折し迂回。

9:55 ここが田尻交差点。変形六差路で信号の待ち時間が長い。

9:58 ここは「銀の馬車道」にして県道218号線。
播但自動車道の下をくぐる。

10:02 金垣内池のほとりにある、私にとっては曰因縁の古い道標。
幸いにも今回はカメラが壊れることはなかった。

10:04 先ほどは播但自動車道だったが
今度は中国自動車道の下を抜ける。

10:09 ここまでにも「しで棒」が道端に飾られていたが
ここは注連縄に幣束が吊るされている。

10:11 西光寺交差点を直進
かつての西光寺野は水利が悪く無人の荒野が広がっていたが、
大正3年に西光寺野疎水が、そして多くの溜池が造られ開拓された。

10:13 細い石灯篭が池の中に立つ姫ケ池
この溜池も「銀の馬車道」開通以降に造られた。

10:18 松岡和洋瓦褐かいの上中島公民館
ここでトイレ休憩。

10:27 上中島公民館前の「銀の馬車道」案内板に見入る人たち。

10:28 10分ほどで休憩を切り上げ、さあ出発だ。

10:32 いつの間にか福崎町から姫路市に入り
ここは西光寺野人参役所跡に立つ神崎酒造醸造所、
地酒「竜王の舞」は美味しいぞ。
人参役所とは、江戸時代に姫路藩財政再建のための
高麗人参栽培を目的としたものだった。

10:34 神崎酒造でみんな揃って利き酒会??
いやお茶のお接待でした。

10:35 「銀の馬車道」バージョンの真名井乃鶴や龍王の舞もあったよ。

10:39 お茶を頂いているうちに、先頭はいつの間にか出発。
姫路大沢交差点でようやく追いつく。

10:40 古めかしい大沢公民館前に
昔は銀の馬車道の休憩場があり
「船津瓦発祥の地 馬車道跡」の石碑がある。
歴史的背景から見ても、ここほど「銀の馬車道」の
休憩ポイントして相応しいところはないのだが
何事もなく素通り。

10:44 右手が市川で緩やかな段丘状に左手が高くなっている。
直接市川の水を引き込むのは無理な地形だ。

10:45 前方の瓦工場は黄金(色)の鴟尾を載せている。

10:49 ここは後藤ダイカスト工場の前の坂道
歩くのはなんでもないが、重い荷を積んだ馬車にとっては難所中の難所だった。

10:52 広々とした田畑が広がり、姫路市っぽくない風景だ。
左の段丘上も一面に畑が広がっている。

10:53 上の写真を撮ってから1分後、風景はあまり変わらないな。

10:57 「銀の馬車道」の中で、
私はこの西光寺野の広大な風景が大好きだだ。

11:01 上野東交差点、直進。
この県道に入ってすでに1時間が経過するが、道なりに進むだけ。

11:05 ここは焼野池。

11:11 畑山から続く山並みの先端は「城山(133m)」。
頂上へ至る山道が存在しているが展望は皆無。

11:13 光洋製瓦だな。

11:14 光洋製瓦前の空き地で休憩。
ジュース・お茶のお接待を受ける。ありがたや、ありがたや。
この区間はトイレがないので仮設トイレを設置している。

11:24 ここも10分で休憩を切り上げ再出発。

11:28 神河町内にも馬橋があったが、この先にもある。
銀の馬車道由来の名前なんだろうな。

11:29 この先の太尾集落の中を行く銀の馬車道は
狭いうえにバス通りでもあるので、市川寄りに大迂回する。

11:33 太尾集落の中の狭い道は面白いが、この道も面白そう。
播但自動車道の側道までは行かずに、農道へ左折。

11:33 雲が広がり始めたが、ゴールの飾磨津(港)までは大丈夫。

11:35 きれいに耕地整理された稲刈り後の田を行く。
ここも明らかに左右の高さが違う。

11:35 左折しているように見えるが、
これ道がL字になっているため。

11:38 曲がった道から振り返って。

11:38 お腹がすいてきたな。
足も少し痛くなってきたし、お昼休憩はまだかな。

11:42 先頭集団は銀の馬車道に復帰。
でも私と歩く向きが逆で、もう少し遠回り道なんだな。
ひょっとするとあのフェンスは豊富球場なのかな。

11:43 私達も銀の馬車道に復帰。間違いない、あそこが豊富球場だ。

11:46 見えてきました。「姫路市立豊富球場」の案内板が。
さあもう少しだ、頑張るんだ自分の足。

11:48 予定表よりも30分近く早く豊富球場に到着。
氷詰めのポリバケツの中には冷たく冷えたお茶が。
ありがたや。あるがたや。

11:49 藤棚の下で各自持参のお弁当を広げる。
二日続けのアスファルト長距離歩行のためか
左足に豆が、大丈夫かいな。

12:42 予定表より30分早く出発します。
そこの人まだですよ。あと3分ありますよ。

12:43 豊富球場から再出発。
ここで5名ほどが途中棄権し神姫バスで姫路駅へ。

12:49 この辺もだらだら下りで、生野へ行く馬車にとっては難所だっただろう。

12:51 豊富の集落へと入る。

12:53 このバスに途中棄権した人たちが乗っているのかな。
銀の馬車道ラッピングバスだったらよかったのにな。

12:56 豊富鬼小学校、中学校を左に見て、
ここは姫路東消防団豊富分団前。

12:57 金竹交差点も直進。

12:59 神谷川沿いの、この狭い通りもバスが通る。

13:00 そこで、堤防上の遊歩道を進む。
この橋は「巡礼橋」といい、
かつては西国二十六番札所法華山一乗寺から
二十七番札所書寫山圓教寺を目指す巡礼者が渡った橋だ。

13:03 歩行者専用(自転車も可)道路は
長い道程の中でここだけだった。

13:05 左下の草原が神谷川だが
水の流れはどこかいな。(細いが流れていた)

13:09 播但自動車道の下をくぐり抜けると豊富ランプ入口だ。

13:12 豊富ランプ入口で、福崎町で出発直後に渡った
月見橋以来の市川との再会を果たす。
この橋は市川に注ぐ神谷川に架かる曽坂橋

13:13 市川左岸の斜面は日当たりのよい墓地になっている。

13:15 豊富台自治会「豊富台広場」にも仮設トイレを持ち込んでいる。
行きたい人は行ってね。

13:19 「リカー&ライス あさだ」通過。
本日のルートの大きな問題点は途中にコンビニも飲食店もないことだ。
コンビニさえあれば食べ物も、そしてトイレも借りられるのに、本当に何もない。
飲み物の自販機だけは点々とあるのだが。

13:22 尾道ラーメンだ。
鶴居駅から一人で腹ペコで歩いてきたときは感激し、
その時食べて飲んだ尾道ラーメンも餃子もビールもヤクルトも
凄く美味しかった。

13:27 銀の馬車道は生野町の「盛明橋」とここ「生野橋」で市川を渡る。
橋の名は「生野鉱山寮馬車道」よりのもので、この橋は三代目だ。

13:30 生野橋を渡り左折すると、小さめな遠慮がちな石碑が立っている。
「馬車道修築」と題された石碑で
「銀の馬車道」の竣工を記念して立てられたものだ。
起点または終点でもなく、ここ生野橋の袂にあるのは
ここが銀の馬車道の中で最も難工事であったためと言われている。

13:31 ホテル街前の細い道を避けるため
銀の馬車道と別れ国道312号線へ。

13:33 国道312号線歩道を南進。

13:36 横断歩道を渡りさらに国道312号線歩道を南進。
ハイキングスタイルと周辺風景の間に大きな隔たりが。

13:39 SLOTとは隙間とか溝とか言う意味だったかな。
30年此の方足を運んだことがなく、
どんな商いだったのか思い出せない。

13:41 山陽自動車道手前、保城北交差点手前のソフトバンクで右折。
本日のコース案内書とは違うな。どこへ連れて行ってくれるのかな。

13:43 確かに国道の歩道よりも安全そうな道だが、遠回り道だな。

13:44 ようやく保城北交差点からの銀の馬車道に入る。
この高架は山陽自動車道だ。

13:45 佐和鍍金工業の間を行く。

13:48 予定よりも1時間早く休憩場所の保城北公園に到着。

13:50 ウーン、疲れたな。よっこらしょ。

13:52 ブランコ、ブランコ楽しいな。

14:00 予定よりも早いんだからゆっくりすればよいものを
これまで通りに休憩は10分間。

14:06 水上交差点を渡り斜めに進むのが銀の馬車道だが
ここは右に曲がり国道312号線へ行く。
もうこの先姫路駅まで銀の馬車道を歩くことはない。

14:07 国道312号線南進。
あの塔は結婚式場と間違いそうなベルコ姫路支社葬儀場だな。

14:09 水上南交差点を右折し、播但線野里駅方向へ。

14:12 播但線の高架だ。なんか懐かしいぞ。

14:13 播但線高架を過ぎて左折。
明治28年に生野まで開業した播但鉄道(JR播但線)は言ってみれば、
銀の馬車道の敵役であり死刑執行人であり
ラッピング電車なんかを走らせてチャンチャラ可笑しい存在なのだが、
まあ正当な後継者でもあり、生野から鉱石を運ぶことによって
生野での鉱害を防いだ功労者でもあり
許しとこ。

14:15 播但線高架下を行く。
何もこんなに高くしなくても思っていたが
姫路駅高架の高さに揃えていたのか。

14:19 右折し船場川沿いに少しだけ進む。

14:21 左折し狭い路地に入っていくと、次第に広くなり
あのインターロッキングには見覚えがあるぞ。

14:24 予想通り野里商店街だ。

14:26 姫路の街の中で私のお気に入りの通りの一つだ。

14:28 姫路大野町郵便局前で休憩と思いきや
予定より1時間ほど早く着いてしまい
案内してくださる郷土史家待ち。

14:37 野里街道の由来や大野家住宅のことを聴く。

14:42 これが明治前期以前に建てられたという大野家住宅。

14:47 続いてお夏清十郎の比翼塚がある慶雲寺。

14:48 井原西鶴の「好色五人女」や
近松門左衛門の浄瑠璃で有名というが、私は読んだことがない。

14:51 毎年8月9日にお夏清十郎まつりが
野里商店街で盛大に行われるという。
この対になった五輪塔がお夏清十郎の比翼塚。

14:52 慶雲寺から次へと移動。

14:53 この小さな建物は江戸時代末期に
飢饉や災害などのための非常用食料備蓄倉庫で
「固寧倉(こねいそう)」という。
姫路藩内に288箇所も作られたが、
現存するのはこれを含め5箇所のみ。

15:00 さあ、残るはとりあえず大手前公園まで。
この通りの下には暗渠で外堀川が流れている。
かつての姫路城外堀の跡だ。

15:01 外堀川は開渠となったが、川らしくない川だな。

15:04 右折し外堀川を渡り、路地に入っていく。
今度はどこに連れて行ってくれるのかな。わくわく。

15:05 残念ながら写真ではよく分からないが
「のこぎり横町」と呼ばれる、わざと道をギザギザにした通りだ。
固有名詞ではなく、こういう形式の道を「のこぎり横町」というみたいだ。

15:09 なんか見覚えのある通りと思ったら、ここは五軒屋敷だ。
姫路藩時代には町内に5軒の邸宅しかなかったという。

15:12 正明寺、本領寺、大法寺と建ち並ぶ。

15:14 五軒屋敷右折すると姫路城外堀で、
とりあえずのゴール大手前公園はもうすぐだ。

15:16 姫路警察署の移転跡の空き地。
来年行われるB1グランプリの会場につかうのかな。

15:19 さあ、この交差点を渡れば大手前公園だ。
写真を撮っておこう。

15:19 ここは歩者分離式交差点なので、斜めに横断するぞ。

15:20 うわーっ。ゴールは公園の向う端だ。
しろまる姫はどこだ。姫路市長はどこにいるんだ。
神戸新聞は、ウインクはサンテレビはどこだ。

15:22 ゴール ゴール ゴール ゴール!!
しろまる姫も姫路市長も神戸新聞もウインクもサンテレビもいない。
昨日と甘地駅と同じ寂しいゴールだった。
でも二日間歩き通せたのでよしとしよう。
自分さえ満足できればいいんだ。
でも福崎町の出発式に比べたら月とすっぽん以上の落差だ。
姫路市の「銀の馬車道」への対応のレベルの低さが
ネットワーク協議会の足をひっぱているのではと案じられる、
誠に寂しいゴール風景だ。
まあ二日間50kmを歩き通した自分を褒めてあげよう。

15:27 次々とゴールする第1班の方々。50km完歩おめでとう。

15:28 二日間で50kmを歩くなんて、絶対に一人だけではなしえず、
今日のように仲間と一緒に歩くからできたんだ。

15:45 ここからは第2班かな。
第1班みたいにばらけずにまとまって歩いてきたのかな。
ゴールおめでとう。

15:45 来年は私と一緒に二日間50kmに挑戦しよう。
お疲れ様でした。

15:47 でもゴールで完歩賞のバッチを貰うだけなんて。
でも歩き通したあなたは偉い。パチパチパチ。

15:48 これで第2班も終わりかな。ゴールおめでとう。
自転車で先行し交差点での安全確保に尽くしてくれた
スタッフの方もお疲れ様でした。小径車で25kmは大変だったでしょう。
一緒歩いてくれたスタッフの方々ありがとうございました。

 これより後は大手前公園から飾磨津(港)までの+5kmのオプショナルツアーの様子。当然自分の足で歩くのだが、私の足は特に左足のマメが悲鳴を上げ、もう歩くなと主張しているが、そんなことは聞いていられない。マメからの痛みさえ我慢すれば、疲労感はまったくないし、膝もどこも違和感はなくこのままアメリカまで歩けそうだ。さあ行くぞ。

16:12 飾磨津(港)までのオプショナルツアーに参加したのは
23名の勇者たち。そのほとんどは生野からの通し歩き組。

16:14 本町商店街を写真を撮る間もなく通過し
国道2号線東行きを渡りみゆき通り商店街へと突入。

16:15 ここが今回の縦走ツアーを陰になり支えてくれた
Himeji 電博堂。

16:19 大手前通りを横断し西側歩道を姫路駅へと進む。

16:20 国道2号線東行きを横断。

16:23 新しい駅ビルに生まれ変わる姫路駅フェスタ。
いつから取り壊されるのかな。

16:24 今回の縦走ウォークは歩道橋が最優先。
駅前の唯一の歩道橋を渡る。

16:25 歩道橋から駅西歩道橋へ。
姫路駅が高架になる前は南口まで続いていた歩道橋だったが
今はすぐに下りてしまう。

16:27 プリエ姫路西側の自由通路を抜ける。
どうせなら銀の馬車道と交差する中央コンコースを通りたかった。

16:28 銀の馬車道はもっと西側の細い道なのだが
交通量は少ないが歩道がないので
駅南大路西側歩道を南下。

16:32 この信号が赤に変わり先頭集団に引き離されてしまう。

16:36 さらに駅南大道を南下。先頭集団にはもう追いつけそうもない。

16:40 駅南大路を右折し銀の馬車道(飾磨街道)へ。

16:42 栗山交差点で南へ進路を戻し銀の馬車道に復帰する。

16:48 この高架は姫路バイパスだ。
もうこの先は真っ直ぐ、真っ直ぐに進むだけなのに
予定表では本徳寺に行ったり左折したり右折したり。

16:51 旧飾磨街道にして銀の馬車道でもある狭い道。
信じられないが姫路駅南側のメインストリートだったこともある道だ。

16:53 亀山本徳寺に寄り道。正面の門は閉まっていたが横からはまだ入れる。
ここで参詣してきた先頭集団に追いつく。

16:55 銀の馬車道(飾磨街道)を南下。

16:57 姫路は秋祭りシーズンに突入している。

17:05 このまま進むと山電飾磨駅西側の
狭く交通量の多い踏切に行ってしまうので
駅東側踏切へと大迂回作戦を敢行する。
ここで左折だが、赤信号のため先頭集団とまた千切れてしまった。

17:08 ここで右折。

17:10 ちょうど姫路駅行きの電車が通り
さらに先頭集団との距離は開いた模様。

17:13 飾磨駅南側を西へと進む。

17:17 左折しようやく銀の馬車道に復帰。
道は狭いが車はほとんど通らない。

17:18 浜国(国道250号線)を飾磨大橋西詰交差点で横断。
本日二回目のゴールはもうすぐだ。

17:18 ゴールが見えてきた。

17:19  ゴール ゴール ゴール ゴール!!
今は浅田化学工業の本社工場敷地となった
かつての「飾磨津物揚場」前に到着。
先頭集団は道に迷い結局一緒になってゴール。

17:20 皆さんよく頑張りました、パチパチパチ。
この+5kmを歩いた完歩賞は何もなく
「しろまる姫」も待っていてくれなかったが、
二日間で55kmを歩き通した自分を褒めてあげよう。

17:22 本徳寺から迷子になった方も自力で
参加者23名+スタッフ6名(かな)全員到着。

福崎町での出発式で頂いた「もち麦せんべい」と金券、
そして縦走ウォーク二日目の完歩賞のバッチ。

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