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青谷東々尾根を下る(摩耶山)



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平成20年4月12日(土)  メンバー 私だけ

摩耶山掬星台〜上野道〜青谷東尾根〜青谷東々尾根〜神戸高校〜観音寺バス停

2万5千分の1地形図「神戸首部」を参照すること。


摩耶山掬星台から上野道を下る

この山行記録はいきなり摩耶山からの下山で始まるが、けしてケーブルカー・ロープウェイと乗り継いで登ってきたわけはなく、老婆谷を苦労して登ってきたのだ。

そして一応、目的がある。青谷東尾根を登ったとき(3月22日)に、2本ある送電線鉄塔の南側から神戸高校へ下る分岐道を、完全に見落としていたことが心の中の澱となっていた。それが能天気に何も考え煩うことなく、常に澄み切っていた私の心の中に、怪しい影をつくっていたのだ。

今日、その分岐道を確認し、そして歩くことで、その澱を溶かして澄み切った心を再び取り戻すのだ。

10:49
摩耶山掬星台の西から、石灯籠が目印の上野道の石段道に入る。いつも山寺尾根か、最近はロープウェイ・ケーブルカー下山が多くなり、上野道をまともに下ったことは今までに一度しかない。今日も脇道に逸れるので二度目に下るはいつになることやら。

上野道へ入る

10:51
暫くぶりの上野道は、崩れてがたがたになっていた石段が綺麗に直され、手摺代わりのロープが張られている。真冬に登ってくると、この辺りだけが凍結していて危なかったところだ。

石段が綺麗に直されている

11:04
旧天上寺を過ぎて少し下、急な石段の途中に「→旧摩耶の大杉50m(通称・摩耶の大杉さん)幹周り約8m」という標柱が立てられている。はじめ「高さ50mの杉とは凄いな」と勘違いしたが、「大杉まで50mありますよ」ということなのだろう。

11:06
寄り道して行った、斜面に立つ枯死した大杉の巨大さにも感動したが、天上寺炎上の予想外に広い被災面積にも驚いた。消火のしようがなく、燃えるにまかされたのだろうか。

でも急な石段を喘ぎながら登ってきたハイカーにとって、大杉への往復100mは無限の距離のように思えるのか、誰もやってこない。

旧摩耶の大杉

旧摩耶の大杉

市街地から眺めると摩耶山の中腹に一際目立つ大木があるのに気づきます。
旧摩耶山天上寺の塔頭のひとつであった蓮華院の西側に位置し、幹周り8mもある六甲山随一の大木であったと恩われます。
昭和44年に発刊された「神戸の名木(神戸市公園局緑化協会編 兵庫新聞社発行)」によると、約200年前に摩耶山一帯で起きた大水害で奇跡的に生き残ったため、その生命力に驚いた人々は、神霊が宿っているに違いないと「大杉大明神:としてあがめたと記載れています。また同書によると樹齢は千年とも記されており、その威風堂々とした姿に圧倒された様子が伺われます。
この「摩耶の大杉」は残念ながら、昭和51年の旧摩耶天上寺の大火災の後、火を被ったことが原因で、徐々に樹勢が衰えて枯死してしまいました。
幾星霜の時を行き続け、移り変わる歴史の変遷を見続けてきたこの大杉の姿は、枯死してもなおその存在感を人々に印象づけています。

11:14
何度下っても長い石段だ。辛いだけで面白さのへったくれもないこの石段を登るハイカーは多いが、なぜ他のもっと楽しいルートをとらないのかと、いつも不思議に思う。

何段あるのか一度数えてみたい

11:19
旧天上寺で炎上を免れた桧皮葺の山門も、屋根には草木が茂り荒廃が進んでいる。文化財的な価値はないのかもしれないが、このまま朽ちるに任せて放置され続けるのだろうか。

旧天上寺山門

11:26
山門下で青谷道が右に別れて行き、しばらく下ると「摩耶山国有林」の木製表示板が立っていて、もう直ぐ先が「青谷東尾根」の下山口取り付だ。

摩耶山国有林

くらしを育む・国有林 近畿中国森林管理局 兵庫森林管理署



青谷東尾根の上部は送電線巡視路

11:29
「青谷東尾根下山道取付」で、近くの電柱には「摩耶山36」の標識が付けられている。下山道のはずなのに登りから始まり、ここから下ることが出来ると気付くハイカーは少ないだろう。

青谷東尾根下山道取付
↓虹の駅  旧天上寺↑

平成20年5月4日には、以下の山歩仲間の案内板はなくなっていて、マーキングテープも外されていた。

「青谷東尾根取付登山口」にあった案内板がなくなっていたので、4枚あるという山歩仲間が放置した案内板の全てが撤去されたのかと思っていた。でも残念ながらぬか喜びで、ここのはそのままだった。

山歩仲間が捨てていったゴミ

摩耶山藪道
青谷東尾根
下山道取付

藪道/青谷橋・摩耶菩提所まで60分
摩耶史跡公園まで30分
虹の駅まで5分

山歩仲間

11:31
ここから始まる青谷東尾根は関西電力が整備し続けている送電線巡視路なので、へたなハイキング道よりも歩きやすい。でも最後は送電線鉄塔で終わっていることが多く、その先は関西電力にとっては野となれ山となれだ。送電線巡視路だと知らずに快適な道を延々と下っていくと、本当に野となり山となってしまい、思わぬ落とし穴にはまりこむ場合があるので注意を要する。

快適な送電線巡視路だ

11:33
用途が分からない、大きなコンクリート枡(天井がない)が道端に放置してある。横倒しにすれば雨宿りができるのにと思うが、これも困った粗大ゴミだ。

何かに使えないかな

11:44
眺望のない道だったが南側の展望が開け、右手前方に2本の送電線鉄塔の立つ尾根が見える。その尾根が青谷東尾根で、展望地から少し引き返すと西側に「火の用心 いってこい 神戸港16 上筒井#6→」の色々書き込まれた送電線巡視路標識が木に括られていて、明確な道が分岐している。

平成20年5月4日には「いってこい」の書き込みは消されていた。

ここも青谷東尾根への入口なのだが、展望地寄りの立ち木2本に青ペンキで下向きの矢印が書かれていて、踏み跡がついている。前回来た時には、そこには沢山のマーキングが付けられていて「→青谷東尾根」という書き込みもあった。でも今は、全てのマーキングがなくなりさっぱりしている。実はこっちの補助ロープが張られた優しい岩場へ続く方が、お勧めの青谷東尾根入口だ。

展望地前の巡視路分岐に入る

11:51
分岐巡視路を下り始めると、道幅いっぱいのツルツルの露岩があるは、プラ階段の狭い踏み段には土と落ち葉が積もり、非常に急で滑り落ちそうで危ない。立ち木につかまろうにも、微妙に離れていて役に立たない。短い区間だが、こんな凶悪な送電線巡視路など見たことがない。

危険な滑り落ちそうな巡視路

11:55
「立ち木に青矢印からの踏み跡」と直ぐに合流するが、補助ロープの張られた岩場を通る踏み跡の方が、登るのも下るのも絶対に安全だ。

←危険なプラ階段の巡視路  安全な岩場↑

11:57
上側の送電線鉄塔「上筒井 六」に着いた。下の写真、鉄塔左側の脚の向こうにテレビアンテナが写っている。アンテナ線はどこへと調べてみると、西側の青谷川へと下りているようだ。標高差200m近くもある急斜面をどうやって下ろしたのか非常に興味があるが、壮絶な藪漕ぎに正面から挑んだのだろうか。

一番目の鉄塔

アンテナ線をガイドロープに青谷へ真っ逆さまに下れないかなと、出来そうもないことを思い描いていると、下からご夫婦のハイカーが登ってきた。こんな藪じみたルートを登ってくるとは只者ではないなと、挨拶すると「野歩記さんですか?」。なんと、私の山行記録をプリントアウトしたものを参考に登ってきたという。私はとても嬉しかったが、ご夫婦は私の後を追って登ってきたつもりなのに、ばったりと出会って驚いていたようだ。

12:08
下側の送電線鉄塔「神戸港線 一六」に着いた。送電線巡視路はここで終わりになり、麓へ続く道はあまり良くはない。
二番目の送電線鉄塔

ちょうどお昼になったし、このルートの最大の展望地で大休止することにした。三段になったコンクリートで固められた鉄塔敷は特に東側の展望がよく、願掛けの南京錠を下げる鎖もあり、ベンチでもあれば若いカップルに大人気の展望台となるかも知れない。


念願の青谷東々尾根を下る

14:00
食後に横になって少しだけウトウトとするつもりが、気がついたら2時間が経っていた。でもまだ時間の余裕は十分あるしと、出立の用意を整えてから、名残惜しい展望をゆっくりと堪能したのち下山を再開。

ここに次に来られるのはいつかな

14:03
送電線鉄塔からの浅い排水路(コンクリート製で落ち葉が積もる溝の中は階段状)を下り、分岐道のある左側ばかり注意していたら、いつの間にか分岐道に入り込んでいた。そんなことは無かったことにして分岐点に戻ると、道端西側に、柱を立てるために四角い穴を開けたかのように見える岩があるところだった。ここを登ってきたときには、分岐道と反対側にあるこの岩に気を取られていたようだ。

この岩の反対側が分岐点

14:06
この分岐点にも「山歩仲間」のゴミが下がっているはずだが、どこにも見当たらない。マーキングも剥がされた跡が残るのみで一つもない。ここを左に行くと山歩仲間の言う「青谷東第ニ尾根」で、真っ直ぐ下ると「青谷東尾根」だ。しかし青谷東第二尾根というよりは、上野道との関連がより強いので「上野道西尾根」の方がよいかな、いや上野道は尾根道だからおかしいか。なお、私が仮に付けた名前だが「青谷東々尾根」は「あおだにトントンおね」と読んで欲しい。

すっきりとした目印も何もない分岐点
←青谷東々尾根  青谷東尾根↑

14:11
ここからが始めて歩く青谷東々尾根で、明確な切開きをトントンと快調に下りたいが、予想外に急で一歩一歩慎重に下っていく。

見かけ以上に急で苦戦中

14:14
ヤブツバキの赤い落花がアクセントになっているが、常緑樹が主体の林は暗くて歩いていても詰まらない。幅広い尾根の切り開きは明確で、マーキング愛好家も必要無し判断したの一つも見当たらない。

尾根には広い切り開きが続く

14:17
急だった尾根が一気に緩やかになり、植生も落葉樹が多くなり、私の好きな雰囲気になってきた。でも踏み跡は薄いが、これだけ明確な道がウェブではほとんど紹介されていないのが不思議だ。この先に何かその原因となるものが待ち受けているのだろうか。

明確な道だが、歩くハイカーは少ない

14:21
下の写真を撮ったシチュエーションが、どうしても思い出すことができない。おそらく、尾根が行き止まり、道が東へトラバースすることを伝えたかったのではないかと思う。地形図を見てもそのような地形になっているので間違いないだろうが、10日前の記憶は一部に霞がかかり始めている。自分でもこの山行記録全体の信憑性も怪しいと思う。

東へトラバース中??

14:26
無事に一つ東側の尾根に乗ったようだ。見慣れたピンク色のコバノミツバツツジの花の下に、直径2cmもない白いツツジが咲いている。

見慣れぬ小さなツツジの花が

帰宅後に調べてみると「シロバナウンゼンツツジ」と分かった。初めて歩く道で、初めての花を見るとは、なにか運が向いてきたような気がしてきた。でも六甲山では、私が知らなかっただけでポピュラーな花のようだ。でもなぜか、本家の長崎県の雲仙岳にはウンゼンツツジは自生していないという。長崎県の県花ウンゼンツツジはミヤマキリシマの別名だという。ツツジの世界は複雑怪奇だ。

可憐なシロバナウンゼンツツジ

14:31
どの辺が道なのか不明確な、そして真っ直ぐには下りにくい尾根から西へ数メートル外れてみた。すると、不思議なことに本当に綺麗に整った、コバノミツバツツジに彩られて、まるでおすまししているかのような小道が合流してきた。五鬼城展望公園にでも関連した道かなと思うが、どこへ続く道なのか非常に興味がある。

でも、本当は道を失ったことに気付かないまま下っていたのが、運よく復帰できただけなのが正解だったりするかもしれない。うん、きっとそうに違いない。

綺麗な道と合流

14:34
ほぼ水平で歩きやすいが、ちょっとばかり暗い道だ。ほとんどマーキングのなかった尾根道だったが、なぜかこんなに明確なのに赤ビニールテープが立ち木に巻かれている。

ここから下がちょっと問題地点

14:35
のっぺりとした緩斜面が広がっている。数少ないハイカーが辿るルートは収束していないようで、踏み跡は分からない。そこでマーキングはと探すと右手にあるし、下にも見える。どっちに行けばよいのか迷ったが、とりあえず右手のマーキングに向けて水平移動。

ルート探索中

14:37
派手な黒黄の虎縞マーキングがあるが、これから西側には道らしきものは確認できなかった。

マーキングはあれどルートなし

14:43
踏み跡はないがマーキング目指し適当に下ってみると、あれ、道に乗っている。登りなら高い方へ進めば間違いないだろうが、ここを下るのはちょっと厄介だ。

いつのまにかオンロード

14:44
なんなんだ、これは。平らに均された平場の先にはネットが幾重にも張られている。これがあのゴルフ練習場なのか。こんなところで練習したら、横を通るハイカーが危ないじゃないかというレベルの話じゃなくて、これを造った人は普通じゃないな。社会生活のルールというかモラルを守ることができない間違いなく異常性格者で、でも外見は普通の人という、絶対に会いたくないタイプだ。

山中の私設ゴルフ練習場

14:45
私設ゴルフ練習場からは、緩やかな明るい快適な道が続く。

これでお終いならハイカーも増えるのだが

14:54
長い長い真っ直ぐな下りだ。今日歩いたルートを振り返ってみると、途中一部だけ不明確な部分もあったが概ね明確な道が続き、展望の尾根とはとても言えないが唯一送電線鉄塔からの眺望は抜群で、なぜこのルートには名前がなく、通るハイカーも少ないのか、その理由が分からない。

緩やかだが長い下り

15:01
神戸高校が近くに見えてくると、明確だった道は突然途切れ、「こんなところを下れるんかいな」と思うほどの、木につかまっても落ちそうな激急斜面が待ち構えていた。おそらく昭和13年に神戸高校が現地に移転したときに、当時の杣道が学校敷地に取り込まれてしまったせいではないかと想像してみた。

無茶なルート取りだ

15:07
下山地は神戸高校北東の、五鬼城公園の西側を登る上野道入口だった。上野道から離れて、また上野道に戻ったわけで、「上野道の西の尾根ルート」と名付けたいが、「青谷トントン尾根」も捨てがたいしと一人で困っている。

下り立ったのは上野道入口だった

ここにも山歩仲間のゴミが木にくくられている。でもそこは「本当にここから登るんかいな」の踏み跡薄きただの急斜面だ。これでは青谷東尾根を登ろうとやってきたハイカーでも、上野道を登ることに計画変更してしまうだろう。

またあった山歩仲間のゴミ

摩耶山藪道
青谷東第二尾根
登山口取付

鉄塔1まで30分

山歩仲間

15:12
青谷道石段の入口脇には、谷を挟んだ向こう側の摩耶菩提所が出張しているのか狭い墓所があり、その手前に次のような掲示板があった。

本日の山行終了

登山される皆様へのお願い

  1. 耕作および、柵、小屋等の設置をしないで下さい(至急撤去して下さい。)
  2. 前記他の工作物の設置および、土地形状の変更、土石、草木の採取をしないで下さい。
  3. 登山道周辺のゴミ空缶等の放置をしないで下さい。
  4. 登山道としての利用以外の行為をしないで下さい。

前記の注意事項が守られない場合には当登山道の閉鎖をする場合があります。

平成2年6月 日

兵庫県・摩耶山守ろう会(摩耶登山部)

かつては、山中でとんでもないことをやっている人がいたようだ。いや、まだ人知れずやっているのかもしれないな。



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